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人型ナビ  作者: 久乃☆
4/4

~ドライブ③~

 滝を堪能して車に戻ると、大分時間が過ぎていた。


 どうも、香枝といると時間が、あっという間に過ぎてしまう。


 俺は車に戻ると、香枝に言った。



「帰ろうと思うけど、帰り道はドライブがてら、遠回りしよう。ルートを検索してくれるかい?」



 ドライブをしている時の香枝は、家にいる時の香枝よりも、更に楽しいのだ。


 家にいれば刺激が限られてしまう。ところが、ドライブしているだけでも、いろいろな刺激があり、新たな発見へとつながるのだ。


 俺は、少しでも長く香枝とドライブを楽しみたかった。



「はい」



 数分と待たずにルート検索が終わり、香枝は俺に顔を向けた。



「遠回り、コース、の、検索が、でき、ました」


「よし、じゃぁ。そのルートで帰ったら、何時に帰り着く?」


「……。午後、9、時、到着、予定、です」



 ゆっくり走って夜9時ならば問題はないだろう。例えば、渋滞に引っかかったとしても、明日も休みなのだから、これまた問題はない。


 俺は、香枝にそのルートで帰ることを伝えた。



「はい、登録、いたし、ます」



 しばらくすると、香枝の顔が俺の方へ向き、ナビゲーションをスタートした。



「駐車場、を、出たら、右、に、曲がり、ます」


「了解! しゅっぱーつ」



 俺は、勢いよくセルを回した。


 快調に滑り出す車。


 他の車も、人型ナビと話しながら、スタートしている。


 俺は、他の車に視線を投げながら、駐車場を後にした。



 車は香枝の言うとおりに進み、街中からそれていった。



「この道は、どんなところを通る道なの?」



 だんだんと、薄暗くなっていく。


 俺はライトを点けた。


 対向車が来る気配もない。



「山の、側面に、新しく、できた、道、です。山と、山の、間の、道、です」


「へぇ。そんな道ができたんだぁ」


「まだ、できた、ばかり、ですから、対向車は、少ない、で、しょう。この先、10メートル先を、左に、曲がります」


「でも、他のナビだって、この道を知っているだろうから。対向車に合わないとは、いいきれないだろ?」


「確かに、そのよう、ですが。これは、確率、の、問題、です。次の、信号、を、左、です」



 香枝は、俺に話しかけるたびに俺の方を向く。


 決して、俺から顔をそらしたままで、話を進めることはなかった。


 左に折れ、右に折れ、何度も右左折を繰り返し、香枝が言っていた道に差し掛かった頃には、外は真っ暗になっていた。


 道はきれいに舗装され、確かに新しく作られたばかりなことがわかった。


 見通しがよく、対向車が来ない。


 カーブが頻発するが、先が見えない道ではないのだ。


 俺は、一気にアクセルを踏んだ。


 真っ暗な道。ライトをアップにして加速する。



「スピード、が、出過ぎ、て、います」


「大丈夫だよ。対向車が来ないんだから」


「それ、でも、危ない、ですよ。300メートル、先、右に、曲がります」


「大丈夫、大丈夫。こんな道で危なかったら、街中を走ることなんてできないよ」



 俺は更にスピードを上げた。


 隣に乗っているのが人間の香枝だったら、ヒステリーを起こしているかもしれないと思いながら。



「200メートル先、右、です」



 更に、スピードを増す。


 ギリギリのところで、シフトダウンして、ハンドルを切る。

 いつもなら、こんな危ない運転はできないが、こんな素晴らしいほどの道路なのだ。少しぐらい荒い運転をしても大丈夫だろう。



「100メートル先、右、です」



 後、100メートル。


 俺は、ハンドルを握り直した。



「次の、角、T字路、を、右、です」



 山間を縫うように作られたこの道の終点は、T字路だと香枝が言う。


ならば、直前で減速すれば軽く曲がれるはずだ。


視線の先に見える信号は、点滅を繰り返し、注意を促している。


しかし、サーキットを思わせるような道を走ってきった俺には、最悪の展開が待っているなど、思いも及ばなかった。

 


「50メートル先、T字路を、右、です」



 香枝の案内が聞こえた、ちょうどその時だった。怪物のような、真っ黒なトラックが現れたのは。

 

そいつは、暗闇の中から突如現れたように見えた。


 道路いっぱいに車体を膨らませて、T字路を入ってきたそいつは、俺の小さな車を認識していないのか、道路のど真ん中へと車体を滑らせ始めた。俺のほうは、さっきまでプライベートロードのように走っていただけに、怪物と同じコースを直進していた。

 このままではぶつかる! 


 そう思った俺は、ブレーキに足をかけた。両腕をツッパリ、ハンドルを握り締める。


 心の中では、止まれと叫んでいたかもしれない。


 ハンドルを切れば山肌に叩きつけられる。山肌か、怪物かの選択だ。


 俺は『うわあああ』という叫びとともに、必死でブレーキを踏み続けるしかなかった。


 冷静な香枝の声がこだまする。



「10メートル先、T字路を、右、です」



 まるで、スローモーションのように、車体が奴に吸い寄せられ、吸い込まれるようにぶつかっていく。


 ぶつかった衝撃は想像を絶するものだった。体が大きく揺さぶられ、自分ではコントロールすることができない。エアバックが衝突の衝撃で膨らみ、俺のショックを和らげるが、車の全面は見事に潰れたようだ。


怪物は俺に気がついたはずだ。あれだけの衝撃がわからないハズはない。


しかし、ヤツは俺を押しのけるように進み、止まることはなかった。


トラックはアクセルを踏んで、俺を押しのけようとしているらしい。


しかも、更に加速している。このまま進もうとしているのだ。


俺の足はもう、アクセルを踏むことができないというのに。


ヤツは俺を山肌に叩きつけるように跳ね飛ばすと、暗闇に姿を溶かすように消えていった。


ヤツのエンジン音が遠く聞こえなくなると、静寂がやってきた。


俺は香枝の方へ視線を投げた。あのショックで、香枝もまた大きく体を揺らしたのだろう。長い髪が乱れ、エアバックに体を預けているように見える。


 香枝に注意されたあの時、減速すればこんなことにはならなかったのかもしれない。それも、こんな状況に陥って始めてわかるのだから、愚かなものだ。



「どう、したの、ですか? 10メートル先、T字路を、右、です」



 俺は体を起こそうと試みた。しかし、体に力が入らなかった。


 足を動かそうとしても、びくともしないのだ。


 それどころか、激痛が走る。



「大丈夫、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」



 このままでは、誰も助けには来てくれないだろう。


 作られたばかりの道で、通行する車は滅多に来ないのだ。


 痛みで気を失いそうになりながら、俺は感がえていた。


 このままでは、死んでしまうかもしれない……。


 足元を伝う液体が、生暖かく。それが、血液であることは容易にわかる。



「進まない、の、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」

 


 俺は、誰かに連絡をつけようと、ケイタイを探した。しかし、ぶつかった衝撃で、脇に置いてあった携帯がどこかに飛んでいってしまったらしい。



「香枝……香枝……」


「どうし、ました、か? 10メートル先、T字路を、右、です」



 香枝は、俺を見ているはずだ。それなのに、全く何もわからないかのように、同じルート案内を続けている。


 そうだ、香枝の設定をした時に、何があろうと案内を継続するようにしたんだった。



「香枝……ケイタイを……探して」


「ケイタイ、なん、で、すか? 10メートル先、T字路を、右、です」


「いつも、俺が……使っているだろう……。電話だよ……電話」


「電話、何、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」



 俺は、ひどい痛みで、それ以上説明することができなかった。


 後悔がよぎる。



いろいろなところへ出かけていっても、ナビの香枝にとって、それは思い出でもなんでもないんだ。全ては俺の独りよがり。


 こんなことなら、もっと大事なことを教えておくんだった。


 例えば、ケイタイ。電話のかけ方。


まさか、こんな事故に遭うとは思ってもいなかったのだ。教えなかったのは、仕方のないことだったんだ。


 いや、これが人間の香枝だったら、助けを呼ぶことができたかもしれない。


 俺は、大きな間違いをおかしたのか……。



 意識がどんどん薄れていくなか、香枝のルート案内だけが、続いていた。

 



 俺の方へ顔を向けながら―――。



end


ありがとうございました。短編『人型ナビ』はいかがでしたか?

久乃☆は思うのですが、このナビはこのあとどうなるのだろう???

ずっと、案内を言い続けて、隣では人が息耐えている。それでも、続ける案内。。。

なんか、せつない(´;ω;`)ウッ・・

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