~ドライブ③~
滝を堪能して車に戻ると、大分時間が過ぎていた。
どうも、香枝といると時間が、あっという間に過ぎてしまう。
俺は車に戻ると、香枝に言った。
「帰ろうと思うけど、帰り道はドライブがてら、遠回りしよう。ルートを検索してくれるかい?」
ドライブをしている時の香枝は、家にいる時の香枝よりも、更に楽しいのだ。
家にいれば刺激が限られてしまう。ところが、ドライブしているだけでも、いろいろな刺激があり、新たな発見へとつながるのだ。
俺は、少しでも長く香枝とドライブを楽しみたかった。
「はい」
数分と待たずにルート検索が終わり、香枝は俺に顔を向けた。
「遠回り、コース、の、検索が、でき、ました」
「よし、じゃぁ。そのルートで帰ったら、何時に帰り着く?」
「……。午後、9、時、到着、予定、です」
ゆっくり走って夜9時ならば問題はないだろう。例えば、渋滞に引っかかったとしても、明日も休みなのだから、これまた問題はない。
俺は、香枝にそのルートで帰ることを伝えた。
「はい、登録、いたし、ます」
しばらくすると、香枝の顔が俺の方へ向き、ナビゲーションをスタートした。
「駐車場、を、出たら、右、に、曲がり、ます」
「了解! しゅっぱーつ」
俺は、勢いよくセルを回した。
快調に滑り出す車。
他の車も、人型ナビと話しながら、スタートしている。
俺は、他の車に視線を投げながら、駐車場を後にした。
車は香枝の言うとおりに進み、街中からそれていった。
「この道は、どんなところを通る道なの?」
だんだんと、薄暗くなっていく。
俺はライトを点けた。
対向車が来る気配もない。
「山の、側面に、新しく、できた、道、です。山と、山の、間の、道、です」
「へぇ。そんな道ができたんだぁ」
「まだ、できた、ばかり、ですから、対向車は、少ない、で、しょう。この先、10メートル先を、左に、曲がります」
「でも、他のナビだって、この道を知っているだろうから。対向車に合わないとは、いいきれないだろ?」
「確かに、そのよう、ですが。これは、確率、の、問題、です。次の、信号、を、左、です」
香枝は、俺に話しかけるたびに俺の方を向く。
決して、俺から顔をそらしたままで、話を進めることはなかった。
左に折れ、右に折れ、何度も右左折を繰り返し、香枝が言っていた道に差し掛かった頃には、外は真っ暗になっていた。
道はきれいに舗装され、確かに新しく作られたばかりなことがわかった。
見通しがよく、対向車が来ない。
カーブが頻発するが、先が見えない道ではないのだ。
俺は、一気にアクセルを踏んだ。
真っ暗な道。ライトをアップにして加速する。
「スピード、が、出過ぎ、て、います」
「大丈夫だよ。対向車が来ないんだから」
「それ、でも、危ない、ですよ。300メートル、先、右に、曲がります」
「大丈夫、大丈夫。こんな道で危なかったら、街中を走ることなんてできないよ」
俺は更にスピードを上げた。
隣に乗っているのが人間の香枝だったら、ヒステリーを起こしているかもしれないと思いながら。
「200メートル先、右、です」
更に、スピードを増す。
ギリギリのところで、シフトダウンして、ハンドルを切る。
いつもなら、こんな危ない運転はできないが、こんな素晴らしいほどの道路なのだ。少しぐらい荒い運転をしても大丈夫だろう。
「100メートル先、右、です」
後、100メートル。
俺は、ハンドルを握り直した。
「次の、角、T字路、を、右、です」
山間を縫うように作られたこの道の終点は、T字路だと香枝が言う。
ならば、直前で減速すれば軽く曲がれるはずだ。
視線の先に見える信号は、点滅を繰り返し、注意を促している。
しかし、サーキットを思わせるような道を走ってきった俺には、最悪の展開が待っているなど、思いも及ばなかった。
「50メートル先、T字路を、右、です」
香枝の案内が聞こえた、ちょうどその時だった。怪物のような、真っ黒なトラックが現れたのは。
そいつは、暗闇の中から突如現れたように見えた。
道路いっぱいに車体を膨らませて、T字路を入ってきたそいつは、俺の小さな車を認識していないのか、道路のど真ん中へと車体を滑らせ始めた。俺のほうは、さっきまでプライベートロードのように走っていただけに、怪物と同じコースを直進していた。
このままではぶつかる!
そう思った俺は、ブレーキに足をかけた。両腕をツッパリ、ハンドルを握り締める。
心の中では、止まれと叫んでいたかもしれない。
ハンドルを切れば山肌に叩きつけられる。山肌か、怪物かの選択だ。
俺は『うわあああ』という叫びとともに、必死でブレーキを踏み続けるしかなかった。
冷静な香枝の声がこだまする。
「10メートル先、T字路を、右、です」
まるで、スローモーションのように、車体が奴に吸い寄せられ、吸い込まれるようにぶつかっていく。
ぶつかった衝撃は想像を絶するものだった。体が大きく揺さぶられ、自分ではコントロールすることができない。エアバックが衝突の衝撃で膨らみ、俺のショックを和らげるが、車の全面は見事に潰れたようだ。
怪物は俺に気がついたはずだ。あれだけの衝撃がわからないハズはない。
しかし、ヤツは俺を押しのけるように進み、止まることはなかった。
トラックはアクセルを踏んで、俺を押しのけようとしているらしい。
しかも、更に加速している。このまま進もうとしているのだ。
俺の足はもう、アクセルを踏むことができないというのに。
ヤツは俺を山肌に叩きつけるように跳ね飛ばすと、暗闇に姿を溶かすように消えていった。
ヤツのエンジン音が遠く聞こえなくなると、静寂がやってきた。
俺は香枝の方へ視線を投げた。あのショックで、香枝もまた大きく体を揺らしたのだろう。長い髪が乱れ、エアバックに体を預けているように見える。
香枝に注意されたあの時、減速すればこんなことにはならなかったのかもしれない。それも、こんな状況に陥って始めてわかるのだから、愚かなものだ。
「どう、したの、ですか? 10メートル先、T字路を、右、です」
俺は体を起こそうと試みた。しかし、体に力が入らなかった。
足を動かそうとしても、びくともしないのだ。
それどころか、激痛が走る。
「大丈夫、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」
このままでは、誰も助けには来てくれないだろう。
作られたばかりの道で、通行する車は滅多に来ないのだ。
痛みで気を失いそうになりながら、俺は感がえていた。
このままでは、死んでしまうかもしれない……。
足元を伝う液体が、生暖かく。それが、血液であることは容易にわかる。
「進まない、の、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」
俺は、誰かに連絡をつけようと、ケイタイを探した。しかし、ぶつかった衝撃で、脇に置いてあった携帯がどこかに飛んでいってしまったらしい。
「香枝……香枝……」
「どうし、ました、か? 10メートル先、T字路を、右、です」
香枝は、俺を見ているはずだ。それなのに、全く何もわからないかのように、同じルート案内を続けている。
そうだ、香枝の設定をした時に、何があろうと案内を継続するようにしたんだった。
「香枝……ケイタイを……探して」
「ケイタイ、なん、で、すか? 10メートル先、T字路を、右、です」
「いつも、俺が……使っているだろう……。電話だよ……電話」
「電話、何、です、か? 10メートル先、T字路を、右、です」
俺は、ひどい痛みで、それ以上説明することができなかった。
後悔がよぎる。
いろいろなところへ出かけていっても、ナビの香枝にとって、それは思い出でもなんでもないんだ。全ては俺の独りよがり。
こんなことなら、もっと大事なことを教えておくんだった。
例えば、ケイタイ。電話のかけ方。
まさか、こんな事故に遭うとは思ってもいなかったのだ。教えなかったのは、仕方のないことだったんだ。
いや、これが人間の香枝だったら、助けを呼ぶことができたかもしれない。
俺は、大きな間違いをおかしたのか……。
意識がどんどん薄れていくなか、香枝のルート案内だけが、続いていた。
俺の方へ顔を向けながら―――。
end
ありがとうございました。短編『人型ナビ』はいかがでしたか?
久乃☆は思うのですが、このナビはこのあとどうなるのだろう???
ずっと、案内を言い続けて、隣では人が息耐えている。それでも、続ける案内。。。
なんか、せつない(´;ω;`)ウッ・・




