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人型ナビ  作者: 久乃☆
3/4

~ドライブ②~

 翌日はドライブ日和の晴天だった。


 真っ白なワンピースの香枝は、助手席に座っている。


 俺は香枝に目的地を言った。すると、いつもと同じように香枝は復唱して、目的地を登録してくれた。



「登録完了だね。よし! 出発するよ」


「はい。10メートル先、を、左、です」


「了解!」



 アパートの駐車場から出ると、香枝はいつもと同じようにナビゲーションを始めた。



「信号、を、左、です。青信号、に、なるまで、止まって、いて、くだ、さい」


「そうだね。赤で渡ったら危ないからな」



 あたり前のことを言われても、香枝なら楽しい。


 大通りに出ると、車の流れに乗るようにアクセルを踏んだ。



「スピード、が、出すぎて、います」


「香枝、確かにスピード違反かもしれないけど、あまり遅くてもみんなの迷惑になるんだよ」



 いつものことなのだが、香枝には臨機応変ということがわからないらしい。どんなにドライブを重ねても、同じことを気にするのだ。



「スピード、を、出すのは、危ない、です」



 何度も同じことを繰り返されると、アクセルを踏む足が緩む。



「わかったよ。そうだね、急ぐ旅でもないしな」


「たび? なんです、か?」


「んー、そうだな。旅行かな」


「旅行、するの、ですか?」


「日帰りでも、旅行気分だから。プチ旅行だね」


「日帰りも、旅行、ですね」



 わからない単語があれば聞いいてくる。そして、学習するのだろう。しかし、そのやりとりが楽しい。だからこそ、もっといろいろなことを教えたくて、いろいろな場所へ行こうと思うのだ。



「1キロ、先を、右、です」


「1キロ先だね」


「車線、変更を、して、くだ、さい」


「1キロもあるから、もっと先でよくない?」


「転ばぬ、先の、杖、です」



 使い方がかなり違うが、2~3日前に教えた言葉だ。


 俺はおかしくて、吹き出してしまった。



「なぜ、笑うの、です、か?」


「いや、香枝が可愛いから」


「可愛い、と、笑う、の、です、か? 100メートル、先を、右、です」


「そうだね。可愛いと笑うな」


「そう、です、か。可愛い、と、笑う、の、です、ね」


「うん、そうそう」


「あ、は、は、は。30メートル、先を、右、です」


「今のは、なに?」


「笑い、まし、た」


「なんで笑ったの?」


「可愛い、から。次の、信号を、右、です」


「何が可愛かったの?」


「カエ。そこを、右、です」



 俺は、ハンドルを右へ切った。

 


「香枝が可愛いのか」


「はい。カエは、可愛い、笑う、の、です」



 こんな会話が永遠に続くのだ。


 楽しくないはずがない。



 ゆっくりと走り続け、目的地へと到着したころには、昼を回っていた。


 蕎麦が美味しい土地らしく、あちこちに蕎麦屋の暖簾がかかっている。


 俺は、香枝と蕎麦屋の暖簾をくぐった。


 いつものことで、人型ナビを連れて店に入ったところで、珍しいこともない。


 俺の他にも、ナビを連れて食事をしている人は多々いるのだ。


 人型ナビが出る前は、一人でドライブに行ったり、その先で食事をしたりするのも、どことなく気恥しかったり、周りが家族連れやカップルだったりすると、面白くないという気持ちが湧いてきたものだ。


 ところが今の俺は、全く周囲が気にならないのだ。


 それどころか、香枝というナビと一緒にいる自分を誇らしくさえ思える。


 きっと、他の人たちも同じ気持ちなのだろう。


 今日も、蕎麦屋に入ると、店内にはナビだとわかる人型が何体も席に座っていた。


 俺は、店員に一人である旨を伝えると、席へと案内された。もちろん、二人用のテーブルで、俺の前には香枝がいる。


 俺は、自分の食べたいものを注文すると、香枝に蕎麦というものについて説明を始めた。


 香枝は、蕎麦という食べ物を記憶していった。


 他のテーブルでも同じように、ナビに話かけている人がいる。その誰もが楽しそうに笑っているのだ。そして、人型ナビを持たない人たちが、羨ましそうに俺たちを見ているのだった。


 

 食事を終えると、俺は近くにあるという滝を見るために歩き出した。


 店の人に聞いたところ、その店から30分ほど歩いたところに、滝の入口があるという。


 俺は、香枝と散歩するつもりで、歩き出した。


 

(これが、人間の香枝だったら……)



 比較するつもりはないのだが、つい考えてしまう。


 これが人間の香枝だったら。


 

『30分も歩かなくちゃならないの? 冗談じゃないわ! なんで、そんなことをしなくちゃならないわけ? 私に疲れろって言うの? 嫌よ! 滝を見せたいなら、滝をここに持ってきて!』



 そう言って、俺が謝るまで文句の嵐になるだろう。


 それでいて、ショッピングだと何時間でも歩き続けるのだ。



「香枝は文句を言わないからな」


「文句? なん、です、か?」


「いや、いいんだよ。今のままの香枝がいいんだから」


「はい、カエは、可愛い。あ、は、は」



 めちゃくちゃな登録のされ方になっているが、それもまた楽しい。


 何もかもが楽しいのだ。


 

 人型ナビが開発されてから、観光地には週末になると人が流れてくるようになったと聞く。もちろん、一人で来る人が大多数なのだが。それでも、全く人が来なかったりした場所などは嬉しい限りだろう。


 高速道路にしても、今までより使用車が増えているらしい。


 確かにそうだろうと思う。俺でさえ、毎週のように高速道路を使って走りまわっているのだから。


 それほど、人型ナビという存在が、現代の人間たちに潤いを与えているという証なのだろう。



「高い買い物だったけどな」



 俺は自嘲的に言った。



「高い? 買い物? です、か?」


「あ、違うちがう。いいんだよ」



 看板を目当てに、ゆっくりと歩き続ける。


 俺たちの他にも、同じようにナビと楽しそうに笑いながら、歩き続けている人がいる。



(今が一番幸せだな)



 俺は、香枝を連れて森林の奥へと、看板を頼りに歩き出した。


 森林の中は涼しく、時折鳥の声が聞こえてくる。



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