咲き誇る肉の花の園
〈五月九日 日曜日 晴れ〉
朝起きたら、私の花がまた一つ咲いていた!
今度は少し濃いピンクで、小さくて、とても可愛い。最近新しくできたつぼみも少し色づいてきたし、明日にはこっちも咲くかもしれない。早く咲いたらいいな。
今日もおさんぽにでかけたら、あちこちでこの花が咲いていてとても嬉しかった。でも、私の花と同じなはずなのに他の花はやっぱり少し黒っぽくて、活き活きしていなくて……ちょっと可哀相だと思った。
もっと町中、この花いっぱいになったらいいなぁ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
〈五月一日 金曜日 曇り〉
今日は数学の時間、谷口先生にあてられたけれど問題が難しくて答えられなかった。
「昼ヶ丘。お前は授業中起きているのか、寝ているのか、どっちなんだ」
と言われたから、
「ちゃんと起きて先生の話を聞いています」
と答えた。それなのに、
「嘘をつくな。お前の目と耳は飾りだろう」
なんて溜息をつかれてしまった。返事の仕方、間違えたかなあ?
そんなことより!
今日は下校中、不思議な色の種を拾った。
滴のような形で、まるでガラスのように透き通っていて綺麗で、最初は宝石かと思った。けれど、よく見ると中心から先の方にかけて管のようなものが通っていて……なんとなく種なんだろうと思った。
持ち帰っちゃったし、明日試しに植えてみようかな?
なんだか眠たくなってきたから、今日は日記を書き終えたら寝ようと思う。
種は、寝るギリギリまで眺めていよっと。
〈五月二日 土曜日 曇りのち晴れ〉
今日は土曜日。
朝起きたら、枕元のランプがつけっぱなしになっていた。昨夜種を眺めているうちに寝ちゃったんだ。
でも残念なのが、あの綺麗な種を失くしてしまったこと。布団をいくらひっくり返しても見つけられなかった。悲しい。
今日はごはんもあまり食べられなかった。「凜、どうしてご飯を食べないの」
お母さんは、今日もイライラしているみたいだった。
「大事な種を失くしちゃって、食欲が出なくて……」
「私の作った料理よりそんなものが大事なのね。いいわよ、別に食べなくても」
もう少し食べたかったけど、ごはんは下げられちゃった。
一日ぼうっとして過ごしたけれど、夜、私の手の甲がぼっこりと腫れていた。触っても痛くないけど、いつの間に虫にでも噛まれたのかな?
今日は早く寝ようかな。それで明日になったら、あの種をもう一度探そう。
〈五月三日 日曜日 曇り〉
びっくり! 朝起きたら、私の右手のこぶから……なんと、植物が生えていた!
細長くて赤い蔦が私の手首に絡んでいて、まるでブレスレットのようだった。中心にはふっくらとした塊があって、これはきっとつぼみなんだろうなと思った。
きっと、あの種は私の手の上で生きようとしてくれたんだ。ちゃんと私が、お世話しなきゃ!
今日はお母さんが帰ってこない日だったから、ずっとつぼみを撫でたり、話しかけてみたり、霧吹きで水をかけてみたりした。
サボテンじゃないけど、もしかしたら花が早く咲いてくれるかもしれない。
どんな花が咲くんだろう?
どんな香りがするんだろう?
早く、咲かないかなあ。
〈五月四日 月曜日 晴れ〉
私の手の甲に、花が咲いていた。こんなに早く咲いてくれるなんて、私、嬉しい!
外側が綺麗な赤で、内側はピンク色。花弁はふにふにと柔らかくて、なんだか不思議な触り心地だった。顔を近づけると、つんとする位甘い香りがした。今まで見たことがあるどんな花よりも、私はこの花が素敵だと思った。
今日は月曜だったけれど、まだこの花を学校の誰にも見せたくなかった。私は白い手袋をはめて投稿することにした。
花が手袋で抑えられるのが可哀相だったから、休み時間は外に行きこっそり手袋を外した。本当に、見惚れちゃう位に綺麗な花だなぁ……。
夜、花が少し大きくなっているような気がした。もっともっと大きくなあれ。
ふと思ったけれど、この花と蔦が赤いのは私の血を吸っているからなのかな。
私はこの花にとっての栄養になって、役に立っているのかな?
なんだか、幸せな気持ちになった。
〈五月四日 火曜日 曇りのち雨〉
今日は学校を帰ろうとしたら、雨が降っていた。傘は持ってきたけれど、誰かが間違えて持ち帰っちゃったみたい。
走って帰ったけれどつ全身びしょ濡れになっていて、お母さんが嫌そうな顔をして私を見てた。
「あなたの制服を洗うのが面倒だから、適当に干しておきなさい」
嫌なにおいがついちゃう、と思いながらも私は言うとおりに制服をハンガーにかけた。
そして濡れた手袋を脱いで洗濯機にいれたけれど……リビングに戻ったら、お母さんが叫び声をあげた。
「凜、なんてアクセサリーをしているの!」
お母さんが私の右腕を無理矢理掴み、花を見て叫んだ。
「こんなチャラチャラしたものを付ける不良に育てた覚えはありません!」
そして、花を、無理矢理引っこ抜こうとした。
「痛い、やめてお母さん!」
私は抵抗した。
「黙りなさい親不孝者!」
頬を引っ叩かれた。とても痛かった。
でもひりひりする頬より、花を引き抜かれそうになる痛みのほうが強かった。まるで、血管をそのまま千切られるような感覚だった。 でも花はしっかり根を張っていて、抜けないで私の手の甲に残ってくれた。良かった。
赤い飛沫がお母さんにかかって、お母さんは露骨に嫌な顔をした。石鹸で何度も洗っていたけれど、かかった場所は赤痣になったみたい。アレルギーとか、かなあ。
お母さんは何度も擦っていた。腕や顔、触れた手……どれも赤黒くなっていて、ちょっと汚かった。
けれど、私の大事な花が無事でよかった。
撫でたら、なんとなく喜んでいるように見えた気がした。
〈五月五日 水曜日 曇り〉
朝起きたら、お母さんがリビングにいなかった。部屋を覗いたら、朝なのにまだベッドにいた。
お母さんの顔を覗くと、皮膚があちこち赤黒くなっていた。一晩で、一気にやつれたように見えた。
そして。ところどころに、私の花とよく似た赤黒い花が咲いていた。私の花より小さくて、どこかくすんでいて、濁った赤に見えた。
けれども、私にはなんだかお母さんがいつもよりも綺麗に見えた。例えるなら、お葬式の時、棺桶の中で沢山の花に囲まれた……。
なんて考えているうちに、お母さんが弱々しく病院に連れて行って欲しいと私に言った。私は学校を欠席する電話を入れて、救急車を呼んだ。
それから、お母さんは入院することになった。
一瞬、昨日の出来事のせいなのかと思ったけれど、私はこの考えを振り払った。だって、そうだとしたらこの花のせいになっちゃう。 私も付き添う為に、日記帳とペンを持って病院へ行った。夜は、病室の椅子で眠ることにした。
〈五月六日 木曜日 快晴〉
カーテン越しに入る朝日で目が覚めた。病院の窓の外は、澄み渡る青空が広がっていて、見ているだけで清々しい気持ちになった。
病院の中をぶらぶらしていると、なんと、院内もお花でいっぱいになっていた。
白衣のお医者さんも、看護師さんも、他の患者も。皆、首や顔、腕などの皮膚から赤黒い花が顔をのぞかせていた。
大きい花。小さい花。沢山咲くもの。一輪だけ咲くもの。みんなそれぞれ、綺麗だと思う。
なのにみんなそれをむしろうとして、苦しんで、呻いて、なんでそんなことをするんだろうと思った。
でも、この苦しみが私の花のせいだとしたら?
私の種から、始まったことだとしたら?
私は途中まで考えて、その考えを捨てることにした。
この花は悪くない。ただ、生きるために咲いているだけなんだから!
やることもなかったし、私は病院を出て、のんびり歩いて家に帰った。
今日は少し暑かった。春だと思っていたけれど、そろそろ半袖を出してもいいかもしれない。
晩御飯を食べようと思ったら、ふと、お母さんが死んでいたことを思い出した。
お母さんがいない日だから、いつも通り、私はカップラーメンを食べることにした。あまりこういう食べ物を摂ると、花に悪影響かな……。
明日から、ちゃんとご飯を作ってみようかな?
〈五月七日 金曜日 快晴〉
寝坊した! 今日はまだ、金曜日だった。
すっかりかぴかぴに乾いた制服を着て、私は遅れて学校へ行った。
今日は手袋をしないで歩いた。閉じ込めるみたいで可哀相だし、新しいつぼみもできていたから、窮屈な思いはさせたくなかった。
学校で何か言われると思ったら、クラスの半分は学校に来ていなかった。
残り半分も、項から蔦が伸びている人、腕に花が咲いている人、顔にいくつか咲いている人などがいた。けれど、どの花より私の花が綺麗だと思った。
これが愛情の違い、なのかな?
うん、きっと愛だ。みんな、愛がないから苦しんでいる。私はこの花を、愛している。
みんな元気が無くて、数学では谷口先生が倒れちゃって、もう授業にならなかった。
早く帰れることになったから、スーパーで色々買い物してみた。玉子が安かったから二パックも買っちゃった……使い切れるかなぁ?
〈五月八日 土曜日 晴れ〉
午前中は料理に挑戦!
小学生以来に卵焼きを焼いたけど、うまくいかなかった。目玉焼きも割れちゃったし、オムレツも焦がすし、ゆで玉子はゆですぎちゃうし……。玉子は使い切ったけど、失敗ばっかり。あまり美味しくなかった。お母さんって、すごかったんだなあ。
やることもなくなったし、お昼ご飯を食べた後はおさんぽにでかけた。
あちこちで地面に座ったり、横になっている人がいた。みんな赤い花が咲いていた。
この町の景色は好きでも嫌いでもなかったけど、花畑みたいになったら鮮やかで綺麗だと思う。
公園の前を通ったら、五歳ぐらいの男の子と女の子が滑り台によりかかっていた。
赤い花が綺麗だったから、私は近づいてあいさつしてみた。
「こんにちは! 今日はいい天気だね」
男の子も女の子も、返事してくれなかった。
「二人もお花が咲いたんだね、大きくてとっても綺麗だよ!」
男の子も女の子も、返事してくれなかった。
「このお花、大事に大事にしなきゃ駄目だよ、一緒に生きていくお友達のようなものだから……あれ?」
一人で喋っていて気が付いた。二人とも白目を剥いていて、胸元を触ると鼓動が止まっていた。
「……死んでる」
風が吹いて、二人の花からとても甘いにおいがした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
〈日付 不明 曜日 不明 快晴 〉
最近、日記をつける事を忘れることが増えて、日付が完全にわからなくなった。私達の日々には必要ない気がするし、これで最後の日記にしようと思う。
外は常に、むせかえるような甘いにおいに包まれている。どこを歩いてもあちこちに赤い花が咲き乱れ、鮮やかな景色が広がっている。
ああ、なんていい気持ちなんだろう! まるで、夢をみているみたい。
私の体には今、数えきれないくらい沢山の花が咲いている。
花は私の血を吸って生きて、綺麗な花を咲かせ、私の心を和ませてくれる。お互い助け合って、生きることとは、なんと素晴らしいことなんだろう。
私はとても、幸せだった。
もう、この世界には私とこの花しかいないのかもしれない。
けれど、それでいいと思った。
私は大好きなこの花と、ずっと一緒に生きようと思う。
ソフトな表現のホラーを目指してみました。