007-2
「廃工場って汚いイメージが強かったけど、全然綺麗ね。赤錆であちこち嫌な感じに汚れているけど、枯葉や土埃が厚く積もってるわけでもないし」
「そうですわね。てっきり汚物まみれで目を背けたくなる光景が広がっていると予想しておりましたけど、資材や機材もないので半日も掃除すれば多目的ホールとして使えそうですわね」
周囲を見渡しながら、藤代と彩音が感想をこぼす。
二人の言う通り、予想していた廃工場の風景からは程遠い綺麗な光景だ。
てっきり腐って原型をとどめていない木材とか、錆びてボロボロの鉄パイプとか、あちこちに転がっているかと思ったからな。
枯葉や土埃が床に積もってはいるが、混沌としているわけでもなく、一種のルールに従った整然とした光景が広がっていた。
周囲を観察すると人だけでなく、動物などが歩いたような跡もない。
生物の侵入を隔離した場所に、過ぎた年月の分だけ静かに枯葉や土埃が堆積しただけという感じだ。
まだ誰も足を踏み入れていない、真っ白な雪に覆い尽くされた庭に感覚的には近いような気がする。
ただ、あまりにも違和感がある。
放置された廃工場なら野生動物が住処としていてもおかしくない。もっと汚れているはずだ。
俺は周囲を警戒する梓に肩越しに声をかける。
「……梓、何か感知できたか?」
「違和感はあるけど、外で感じてた嫌な感じは無くなった」
「あ、神代も感知できないんだ。アタシの能力が落ちたのかと焦ったわ」
「神代さん、藤代さんも感知できないんですの? てっきりわたくしだけなのかと思いましたわ」
梓の言葉に安堵のため息をこぼす藤代と彩音。
まあ、急に感知できなくなったら焦るものなんだろうな。
廃工場敷地の外と内で、全く様子が異なるといことは、十中八九、結界が張ってあるのだろう。
しかもとびきり高度な結界だ。そうでなければ、三人が外と内で気配が違い過ぎて戸惑うということはなかったはずだ。
「梓、結界があるって断言して問題あるか?」
「ない。むしろ今の状況が結界に起因しなかったら逆に焦る」
「だよなぁ。じゃあ、人払い系か?」
「んー、人払いは、外れだと思う」
「神代さんは、どうしてそう判断したんですの?」
「目的がわからないから、説明しにくい。意図的に敷地内に淀みが入ってこないようにしている。外は意図的に淀みが溜まるようにしている。結果的に人や動物が近づかないようになっている。だから目的が絞れない。ここに長居するとマズイかも」
「……神代、どういうこと?」
「さすが藤代。きっと私の説明を理解してくれないと期待していたら、まさにその通り。さすが藤代」
「ちょ、どういうことよ! 神代の説明が下手な可能性があるでしょうが!」
藤代が同意を求めるように俺に視線を送る。
すまん、俺は何と無く理解できた。
かといって、梓が藤代にわかるように説明するとは思えないし、理解してるっぽい彩音が毒舌抜きで説明するとは思えない。
消去法で俺が説明した方が一番平和だよな。
「藤代、この状況で考えられることがいくつかある。一つ、単純に淀んだ土地が必要で作った。二つ、人除けとして土地を淀ませた。三つ、意図的に清涼な土地が必要だった。四つ、正負が相反する土地が欲しかった」
「……鬼灯、どういうこと?」
「そのまんまだよ。自然にこの状況が出来ることは、まず無い。ただ、外と内のどっちが目的なのかわからないんだよ」
「普通に、内側に淀みが溜まらないようにしたから、外側に淀みが溜まったんじゃないの?」
「それは十分に考えられる。でも三人が外の淀みを感じ取れないほどの結界だぞ。腕前を考えると淀みが溜まらないように、結界を張ることはできたはずだ。マグレでこんな結界を張る方が難しい」
「……つまり腕の立つ能力者がいるってこと? ヤバくない?」
完璧に伝わったとは思えないが、藤代は何と無く状況を理解してくれたようだ。
「ヤバい、どころじゃないかもそれませんわね。こんな結界を張れる能力者なら、侵入者がいることも感知している確率が高いですわ」
「運が良ければ、能力者はここに向かってる最中。運が悪ければ、すでにここにいて私たちを監視中」
「ちょ、ならさっさと廃工場から離れないと!」
「まあ、そうだな。だがちょいと長居しすぎたんだよな。藤代、能力者がそばにいない場合、いる確率が高いモノってなんだ?」
「知らないわよ。こんな時にのんきにクイズなんてバカじゃないの?」
藤代の回答に、梓も彩音もため息をこぼす。
二人の反応に藤代は若干焦る。
「藤代。正解は『使い魔』もしくは『式神』だ」
俺が藤代に回答を告げると同時に廃工場に獣の咆哮が響き渡った。
生き物の気配が希薄な中で、何かが蠢く気配があったんだが、藤代は気づいてなかったのかよ。
俺はため息をつきながら、身構えるのだった。