006
「火の玉が見える、だけ? ……はい、解散」
心底期待外れと雰囲気を漂わせながら、梓はパンパンと柏手を打つ。
それを見て、彩音はカウンター越しに飛びつくようにして、梓の腕を掴む。
「いきなりなんなんですの! 神代さんは、わたくしの話をちゃんと聞いていたんですの?」
「聞いていたからこその対応。火の玉が見える、そんなのは特に騒ぎ立てることじゃ無い。ね、翔太、ついでに藤代」
「非常にシャクだけど、神代の言いたいことが何と無くわかる……」
「――ッ! 藤代さんまで、どうしてそのようなことを口にされるのですか!」
「まあ、落ち着け白木。普通に考えればわかるだろ。火の玉くらいなら、残滓の可能性大だ。別の場所から流れてくるってのは、まあ珍しい現象だけど、廃工場みたいな『負』の思念が溜まりやすい場所に引き寄せられやすい」
「だから、特に気にするような現象では無い、と鬼灯くんもお考えなんですか?」
彩音はわずかに柳眉を眉間に寄せ、俺を見つめる。
不満があると言うより、悲しいという気配が彩音からは伝わってくる。
俺は、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「まあ、霊障には変わりないんだし、昼飯後の運動がてら様子を見に行くのも悪くないんじゃね? どうせ急ぎの用事は無いしな」
「本当ですか?」
「うん、私もそれを考えてた。さすが翔太。私との思考のシンクロ率、抜群」
「……神代、アンタは真っ先に煽ってたじゃないの。あたしは期待感がなくても、玄谷教諭に相談した方がいいと思うけど。玄谷教諭は、なんだかんだで実力者だから」
「本気のなずな先生は、確かに頼りになる。先生の中でも上位に入るはず。でも、やる気のない、なずな先生は猫よりも頼りにならない」
「まあ、猫にかぎらず、動物は先天的に人には視えないモノが視えていること多いらしいからな」
「鬼灯って霊視弱かったわよね。鬼灯と猫って、どっちが役にたつのか、ちょっと気になるわね」
「……愚問。さすが藤代、そんな愚問を口にするとは私、ビックリ。翔太と猫。頼りになるのは猫に決まってる」
「猫かよッ!」
なぜか胸を張って自信満々の梓。
俺は反射的にツッコミを入れてしまう。
若干、納得したような顔で頷く藤代と彩音。
え? マジで俺は戦力外なわけ?
「ちょ、ちょっと考えろ。猫は炊事洗濯、できないぞ。猫は基本的に自由奔放だろ。頼み事を聞いてくれたり、相談にのってくれたりしないぞ」
「まあ、猫ですから、そういうことは出来ませんわね」
「でも霊障現場に猫を連れて行けば、役に立つって話はよく聞くよね。猫が騒ぎ出すと危険だとか、猫が逃げるとヤバいモノがいるとか」
「それに対して翔太は、視えても危険かどうかの判断ができない。この時点で猫に負ける。でも大丈夫。翔太には私がいるから」
「なんでだよ! 危険かどうかのわからなくてもいいだろ。何がきてもぶっ飛ばせば事足りるだろ」
「鬼灯は無謀過ぎ。……まあ、それがいいところだとアタシは思うけど」
「そう、ですわね。鬼灯くんの真っ直ぐなところは高評価ですわ。あと少しチカラがあれば間違いなく、学園の頼りになる男子生徒ランキングで上位に入れますわ」
一瞬、藤代と彩音は俺の方に視線を送った後、そっぽを向く。
梓は不満そうにわずかに眉を眉間に寄せる。
「…………わかっちゃいない。全然、わかっちゃいない。翔太のかっこよさ、分かってなさすぎ。翔太の強いとこ、知らなさすぎ……」
右の親指の爪を噛みながら梓がブツブツと呪詛のように呟き続ける。
唇どころか顎も微動だにさせずに、呟き続ける梓はシュールすぎる。
タチが悪いことに聞こえているのは俺だけなんだよな。
ドロドロしいオーラを放ち始める梓に藤代と彩音は首を傾げる。
梓は俺が戦うことに神経質なくせに、俺の戦闘力が低いって評価には過敏に反応するんだよな。
落ち着け、という感じで、俺はポンポン、と梓の頭を優しく撫でる。
「まあ、このままじゃ話が進まない。なずなちゃんにはメール打っとけばいいだろ。とりあえず、廃工場に行ってみようぜ」
「え? 鬼灯、玄谷教諭のメアド知ってんの?」
「な、な、なんで鬼灯くんが、なずな先生のメアド知ってるんですの? みんな聞いているのに絶対教えていただけませんのに」
「……翔太、正直にゲロする権利を与える。今、正直に話すなら死ぬよりマシ程度な対応で終わらせてあげる。拒否するなら、死んだ方がマシ程度の対応に変わる」
「な、何もない! 全然、何にもない! 俺、親があちこち放浪して簡単に連絡つかないだろ。保護者が必要な時は連絡しろ、って教えてくれたんだよ」
俺の弁解に妙な沈黙が店内を支配する。
そして、妙に据わった目で視線をかわす梓、藤代、彩音。
気のせいか、店内の気温が数度、下がっているような気がする。
「……審議終了。残念、翔太の反論は認められない」
「なんでだよ!」
「……言い訳にももう少しひねりを入れるべきだと思うわよ、鬼灯」
「鬼灯くんに嘘をつくセンスがないことは、薄々感じてましたが、ここまでないとは驚きですわ」
「藤代に白木もなんでそんな反応なんだよ!」
俺の言葉に三人は視線を一度かわすと、申し合わせたように、ため息をつきながら肩を落とす。
「翔太、なずな先生に保護者の役は、荷が重すぎる」
梓の一言に頷く藤代と彩音。
「なんでだよ!」
反射的に叫んだが、冷静に考えれば、なずなちゃんは、保護者というより、妹になりそうだ。
がんばって姉が限界じゃなかろうか。
俺はさらに一時間ほど三人に必死に弁解することになった。