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004

「入り口には『本日休業』の看板を掛けていたはずなんですけど、この腐れどもは眼も腐っているのでしょうか?  あ、腐れの目が腐っていても不思議な話じゃないですね」


 辛辣な雰囲気など一切感じさせない口調と笑顔の少女、白木彩音の声が喫茶店『シエスタ』の店内に響く。


 彼女はゴシックロリータ風のウェイトレスの制服に身を包み、カウンターの内側に立っていた。ちなみに彩音の言葉通り、入り口のドアには『本日休業』の看板がかかっていたので、店内に他の客はいない。


 俺たちが店内に入れたのは、単に喫茶店が彩音の家だからだ。


「……すまん、白木」


「あら、何故、鬼灯くんが謝るんですか?」


「店が開いていないのに押し掛けちまって」


「いえいえ、鬼灯くんがいらっしゃるのであれば、三百六十五日、二十四時間、年中無休で営業いたしますわ」


「翔太、問題ないらしい。ささっと、ご飯にしよう」


 梓が足を踏み出した瞬間、カツン、と乾いた音が響き、床にフォークが突き刺さっていた。


「神代さん、耳も腐ってますか? わたしは鬼灯くんに言ってますわ。神代さん、当然、藤代さんも先ほどの発言に含まれていませんわ。まあ、風紀委員をやっている藤代さんなら休日にアポイント無しで学友の家に押しかけるのが非常識って思われますよね」


「え、あ、そう、ね」


 バツが悪いと思っている藤代は、彩音の言葉にシドロモドロになる。


 いや、今の彩音を見れば誰だってたじろぐに違いない。


 風もないのに彩音の髪はゆらゆらと揺れていた。


 そして持ち上げた右手に合わせるように無数のナイフやフォークが宙に固定されたように停滞していた。


 よく見ると彩音の右腕にはめた銀色の腕輪がバチバチと紫電を迸らせていた。


 彩音のチカラ。ぶっちゃけると『念動力』ってメジャーな能力だ。


 メジャーな異能なんだが、彩音が一度に操れる物体と動きの精度は学園でも類をみないほど強力だ。


 尤も物理攻撃無効系が相手の場合、呪符やら護符やらを操って補助に回ることのほうが多い。


 表向きは柔らかな物腰とチカラでサポートに徹する姿から、彩音のファンは男女問わず多い。


 非公式ながら彩音の親衛隊……いや、彩音を女神崇拝する教団すらある。


 打ち解けた極一部の者は、彩音の本性を知っているため、彩音を女神と崇拝することはない。


 俺も彩音のことを女神と錯覚していた時期があるのは懐かしい話だ。


「すまん、白木。飯を頼みたいのは俺だけじゃないんだ。スーパーが臨時休業で食材が手に入らなかったんだ」


「鬼灯くん、手に入らなかった食材というのは何でしょうか?」


「肉だ。米も野菜もカレーのルーもある。ただ肉だけがなかったんだ」


「……お肉が手に入らなかったから、わたくしに電話されたのですか? とても切羽詰まった様子だったので、とても心配したのですけど」


「肉がなければカレーは作れないだろ。肉屋まで買いに行く手もあるが、それだと昼飯の時間じゃなくなる。大問題だろ」


 俺の言葉に梓と藤代は「うんうん」と力強く頷いて同意する。


 白木は「はぁ」と深いため息をつきながら、右手で額の辺りを支える。


「鬼灯くんに頼られて舞い上がったわたくしがバカでしたわ……。鬼灯くん、今日は仕入れも仕込みもやってないから、パスタとかの軽食しかできませんわ。この店はレトルトカレーは使っていませんので、当然カレーもできません。問題ないかしら?」


「店を開けてもらってるだけでありがたいんだ。メニューについて文句は言わない。なんだったら、作るのを手伝ってもいいぞ」


「さすが鬼灯くん、言うことが違いますわ。鬼灯くんの手料理は食べてみたいですけど、この制服(かっこう)をしている以上、お客さまをカウンターの内側に入れるわけいけないですわ。とりあえず、カウンターにどうぞ」


 彩音に誘導され、俺と梓、藤代は並んでカウンター席に座る。


 間をおかずに彩音がお冷のコップを静かに俺たちの前に置く。準備をしていた素振りは一切なかったので、会話の間にチカラを使って準備したのだろう。便利だよなぁ。


「んー、メニューはナポリタンとサラダ、コーンスープでよろしいですか?」


「ああ、かまわない。できれば――」


「量は多めですわよね? わかっていますわ。で、そちらの腐れさんたちも問題ないですか? 今なら聞いて差し上げますわよ」


「私はご飯ものがいい」


「わたしは、カルボラーナの方が……」


「わかりましたわ。まあ、聞くだけで、作るとは一言も申していませんけどね」


 微笑んだまま、さらりと告げる彩音。


 ヒドい、性格悪い、と文句を口にする梓と藤代。


 鼻歌交じりで調理を始める彩音は、二人の言葉に全く動じない。むしろ喜んでいるようにも見える。


 梓と藤代の死角になる位置で彩音が二人が口にしたメニューの材料を用意するのが見えた。


 このまま、料理が出来上がるのを待っててもいいが……。


「白木、エプロンを借りるぞ。梓のご飯ものは任せろ」


「鬼灯くん、手伝わなくても――」


「今日は店は休みだろ。だったら俺たちは客じゃないだろ。クラスメイトだろ」


 クラスメイトの部分で彩音が若干眉をひそめ、梓と藤代は何故か少し嬉しそう。


 俺は勝手知る他人の家ではないが、カウンターの端の壁に掛かってるエプロンをつけながらカウンターの内側に立つ。


「梓、いつもの焼飯(やつ)でいいか?」


「翔太が作るなら、なんでもいい。そこの仮面(ペルソナ)毒舌が作るなら指定の一つや二つ、必要だけど」


「あらあら、随分ヒドい言われようですわ。わたくしは学園で『笑顔の天使、彩音様』と謳われているのに」


「みんな、騙されているだけ。猫かぶりすぎ。藤代、何か言ってやるといい」


「……もうダメ……お腹がすいて、チカラがでない」


 どこかで聞いたことがあるような台詞をこぼして、パタン、と音を立ててカウンターに伏す藤代。


 横から藤代の顔を覗き込むと完璧に目が回っている。


 藤代って小柄だし、どこか小動物的な愛らしさがあるから忘れがちだけど、学園屈指の大食いなんだよな。


 まあ、藤代の身体能力がずば抜けているし、それだけカロリー(えねるぎー)の消費が激しいのだろう。


「白木、俺の分は後回しで量はなくていいから藤代の分をちゃちゃと作ってやってくれ。このまま口に何か入れない状態が続くと暴れ出すからな」


「……噂の暴走状態ですわね。流石にうちの店で暴れては困りますわ」


「さすがに学園の敷地外で暴れられたらシャレにならないからな。なずなちゃんを筆頭に武闘派職員数名で手こずったからな」


「私も駆り出された。理性の吹っ飛んだ藤代と対峙するくらいなら、上級霊障駆除を一人でやった方がマシ」


「上級霊障駆除って、普通は腕利きの能力者が数人がかりでやるものですわよ。そんなにひどかったんですか?」


「ひどさで言えば、上級霊障駆除と大差ないと思うぞ。藤代は手加減なしだがコッチは手加減するんだからな。実技室ってかなり強力な結界が構築されているだろ。アレがオーバーヒートして根こそぎ吹っ飛んだ」


「根こそぎ……」


 思わず彩音が眉をひそめる。


 彩音の心境は俺にも良くわかる。


 戦車の砲撃を簡単に防ぐことが出来ると言われている結界を根こそぎ吹っ飛ばすようなチカラで暴れられたら、店の一つや二つ、更地にするのは造作もない。


「俺も梓の分と一緒に藤代の分を作る。藤代の様子から猶予はあまりなさそうだから急ぐぞ」


「まったく休日なのに一苦労させてくれますね」


「翔太、私も手伝――」


「神代さんは大人しく座っていることが一番のお手伝いですわ」


 席から腰を上げかけた梓を白木が鋭く制する。


 いつもどこか余裕を感じさせる彩音から焦りが感じ取れた。


 梓の料理下手は神咲学園でも有名だからな。


 俺は不満げな梓と藤代のうなり声を聞きながら、急いで調理をはじめることにした。





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