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003

「オツトメ、ご苦労さま、翔太」


「ご苦労様じゃねーよ。なずなちゃんに呼び出された原因はお前のせいじゃねぇか」


 職員室のある木造二階建て校舎から出た俺に声をかけたのは、腰を九十度に曲げてお辞儀する梓だった。


 顔をあげた梓のいつも通りの無表情からは悪意は全く感じられない。


「だって、翔太が霊障駆除実習中に愛を語り出すから、私どうしていいにか、わからなくて……」


 じわり、と梓の瞳に涙が滲む。


 周囲に男子生徒がいれば、間違いなく俺に殺意の視線が向けられていたに違いない。


「反応に困るから嘘泣きはやめろよ。放置して帰るぞ」


「……翔太のいけず」


「なんでだよ。付き合い長いんだから、嘘泣きかどうかすぐバレるに決まってるだろ」


「チッ、まだまだ訓練不足か。いつかきっと翔太を騙し、ブロードウェイの舞台に立ってやるんだから」


「梓の棒読み大根演技じゃ無理だ」


「ヒドい。人の夢をあっさり否定するなんて……」


「梓の夢なのか?」


「全然。そんなものになるくらいなら、翔太のお嫁さんになる方を取る。いや、それ意外にないね」


 無表情のままケロッと言い切る梓。


 梓のペースに合わせると話が進まないのは、昔からだ。


「はぁ、まあいい。それより昼飯はまだだろ。学食はやってないし、自炊と外食、どっちが良い?」


「愚問。翔太の手料理一択一強。翔太の手料理を食べている瞬間が一番至福の時間」


「……そこまで言われるような凝った料理はしたことないはずなんだが」


「愛情が最強の調味料。だから仕方ない」


「んなものを入れた覚えはないんだが……マズくないならいいか」


「なっ! 翔太のツッコミが少ない。言葉のチョイスを間違えた……」


 ガックリと肩を落とす梓を横目に俺は歩き始める。


 一歩後ろを梓がトボトボついてくる。


 付き合いが長いが今だに梓の落ち込むタイミングが掴めない。


 だが、これくらいの落ち込み具合なら、直すのは容易い。


「メニューはカレーでいいか?」


「味は辛口で、具は鶏?」


「ああ、タマネギも刻んで飴色にして作るぞ。不満は?」


「ない」


 肩越しに梓を見るとわずかに口の端が持ち上がっていた。


 小さい頃に見せていた笑顔から比べればかなり控えめな笑顔。


 それでも今の梓からすると最上級の笑顔だ。


 軽くなった梓の足音を聞きなが、俺は食材のストックを思い出す。


 ニンジン、タマネギ、ジャガイモは、トメさんが送ってくれたヤツが大量にある。


 米もまだ十分にあったはず。


 となると調達が必要なのは鶏だけか。


「梓、鶏はスーパーと肉屋、どっちで買う?」


「愚問。肉屋」


「でも、今日は休日だからバスは殆どないから買出しは自転車だ。スーパーだと往復十五分。肉屋は三十分。どっちを取る?」


「ぐっ……なんで神咲学園は微妙な立地……。町の中心部から微妙に遠いし、小高い丘だから自転車で下るのは楽だけど、買出し終わって自転車で上るのは苦痛……」


「異能科なんて表向きは存在しない科があるからだろ。一般人の目に触れる場所でバンバン能力行使するわけいかないだろ。梓みたいに和弓とか媒体を使うヤツもいるからな」


「……翔太みたいに媒体を必要としない方が少数。何も持っていなさそうでも、指輪やピアスとかが媒体になってる人は多い。だから私も困る」


「なんで俺が媒体使わないことに梓が困るんだよ」


「翔太が媒体必要なら、取り上げればチカラを使えなくなる。媒体必要ないから、目を離すと翔太はチカラを使おうとする」


「俺がチカラを使う使わないは自己判断だろ。梓が気にすることじゃ――」


「気にする!」


 梓が声を荒げる。


 梓の顔は不安で塗り潰され、今にも泣き出しそうだった。


 俺は自分の軽口に自己嫌悪が湧き上がってくる。


 いろいろ思うところはあるが、梓が俺のことを本気で心配していることは昔からだ変わらない。


「すまん」


 そう言って、うつむく梓の頭を撫でる。梓は俺のブレザーの裾をギュッと掴む。


「翔太がいなくなるのは、もう嫌だよ……」


「俺はどこにもいかないだろ。俺と梓の縁はずっと続いているだろ。初めて会ったのは五歳の時だっけ?」


「……違う。一歳のとき」


「物心ついていないときは無効だろ」


「翔太に関しては有効」


「どんな理屈だよ」


 嘆息しながら、梓の頭を優しく撫でる。


 梓の頭を初めて撫でたのはいつだったかな。


「はい、そこ! 離れなさい!」


「……チッ。良いところで邪魔して」


 校庭に響く凛とした女子生徒の声。


 視線を向けると二十メートルほど離れた場所で女子生徒、藤代佳奈(ふじしろかな)が仁王立ちしていた。


 そして梓から放たれる殺気に俺の体感温度は二、三度下がる。


 ギリギリ、と奥歯を鳴らす梓を尻目に改めて藤代の姿を確認する。


 梓より頭二つ分小さい小柄な体躯。


 大きな瞳と形の良い柳眉からは、意志の強さを感じさせる。


 そして、神咲学園の制服の袖に輝く『風紀委員』の腕章。


「ここは学び舎! 男女七歳にして――」


「翔太、ハグハグ」


 指差す藤代を見ながら、梓はわざとらしく俺に抱きつく。


 梓の口から「ふっふっふ」と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 どうして梓は事あるごとに藤代を挑発するんだよ。


「なっ! なっ! なにやってるのよ! ちぇすとぉぉぉ!」


 裂帛の気合と共に藤代は二十メートルの距離を一瞬でゼロにする。


 地面を陥没させるほど鋭い踏み込みから繰り出される右正拳。


 フライパンも簡単に打ち抜く藤代の正拳は、まともに食らえば致命傷は避けられない。


 梓が動く気配を感じながら、俺は藤代の右拳に左手を差し出す。


 俺の左手と藤代の右拳が触れた瞬間、バチっとした衝撃が伝わってくる。


 反射的に顔をしかめながら、俺は無造作に左手を払う。


「へっ?」


「さすが翔太」


 呆気にとられた藤代の声と淡々とした梓の呟き。


 渾身の一撃が不発に終わり、体勢を崩す藤代に右腕を差し出す。


 すくい上げるようにして倒れかけた藤代の体を抱き上げる。


「――ッ!」


「しょ、翔太っ! なんで!」


 抱き上げた藤代は顔を真っ赤にして縮こまり、梓は絶句した表情で固まっていた。


「なんでって、藤代が転びそうだったから抱き上げただけだろ」


「なんでお姫様抱っこ? 私、してもらってないのに! 藤代なんて猫みたいに首根っこ掴むだけでいいのに」


「勢いがあるのに首根っこを掴んだら危険だろ。抱き上げた方が衝撃を逃がしやすいだろ」


「だからといって、お姫様抱っこする必要ある? ない! 断じてあるはずがない!」


「そもそも梓が騒ぐ必要あるのか? 藤代が騒ぐならまだわかるけどさ。なあ、藤代?」


 俺は抱き上げたままの藤代に声をかける。


 藤代は顔を真っ赤にしたまま、体を縮こませながら小刻みに震えていた。視線は定まらず、明らかに正常な状態に見えない。


「……もう、死んでも、いい……かも……」


「へ? 藤代、どうした?」


「――ッ! 天誅!」


 眉間にシワを作りながら、梓はボーッとしていた藤代に手刀を叩き込む。


「いたっ! なにするのよ、神代!」


「それはこっちのセリフ。さっさと翔太から離れろ」


「あ、その、あの、ほ、鬼灯、だ、大丈夫だから、下ろして」


「本当に大丈夫か? いきなりチカラを使って悪酔いとかしてないか?」


「翔太、心配無用。藤代はそんなにやわじゃない。翔太が藤代を下ろすのが一番の特効薬」


「……特効薬ってなんだよ」


 梓が何を言いたいのか俺はいまいちわからなかったが、抱き上げていた藤代をゆっくり地面に下ろす。


 ちょっと体を揺らした藤代だったが、すぐにバックステップで一、二メートルほど俺から離れる。そして深呼吸をしてから衣類の乱れを整える。


「鬼灯、神代、ここは学び舎です。破廉恥なことをやる場所ではありません」


「……藤代の方が私より、破廉恥なことをやってた」


「そ、それは不可抗力よ」


「考えなしに突っ込んできた事実がある。もっと思慮深く行動していれば、破廉恥な行動に繋がらなかった。これは誤魔化しようのない事実。そもそも今日は授業がないのに何故ここにいる?」


 梓の言葉に藤代は反論できずにたじろぐ。


 兵は拙速を聞く、って言葉があるくらいだから速攻を仕掛けた藤代は悪くないと思う。


 まあ、実力差ってのは考慮する必要はあるだろうけどな。


 圧力を強める梓と反撃の糸口を探しながらとどまる藤代。


 このままだと日がくれても二人は睨み合っていそうだな。


「……とりあえず、二人とも先に昼飯の心配をしないか?」


 二人は一度、俺の方を確認してから視線を戻し、無言で頷く。


 無事、俺の提案は受け入れられたようだ。


 あとの問題は、メニューをどうするかだな。





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