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001

「死ぬっ! 死ぬっ! 絶対死ぬっ!」


 利用者の減少で廃線となり、今は使われていない電車のトンネルに俺の声がむなしく響く。


 必死に手足を動かして走る俺に合わせて、ヘルメットに付けたライトが不規則に揺れ、トンネルの闇の中を跳ね回る。


 錆びたレールや朽ちた枕木以外にも小石やら雑草やらで足下がカオス状態で転ばずに走り続けられていることはある意味で奇跡ではなかろうか。


 俺は頬を伝う汗を神咲学園の制服の袖で拭う。


 こんな事になるなら面倒でも私服に着替えてからくるんだった。


「うん……大丈夫。翔太の手も足も、まだもげてない。体に穴も空いていない。言葉の割にはまだ疲れてない。よゆー、よゆー」


 場違いなほど落ち着いた澄んだ声。


 意識しなければ横で併走していると気づけないほど、静かに走る少女、梓の姿が横にある。


 ライトの明かりで暗闇にぼんやりと照らし出される梓。


 癖のない腰まで伸びた黒髪に白い肌、切れ目の双眸にすっきりとした鼻筋。


 神咲学園のブレザー制服から、すらりと伸びる四肢。


 十人中八人以上が美少女と答えそうな容姿を梓はしている。


 マイナス点は表情に乏しく、付き合いが短いと何を考えているのか表情から全く伺えないと言うところだろうか。


「余裕じゃねぇよ! いっぱいいっぱいだよ! 特に精神的に! なんだよ、あのキショいのは!」


「オカルトチックに言うなら自爆霊。私たちの業界用語で言うなら偶発的精神転写体。たまたま霊的素養の高いモノがたまたま地脈などのパワースポットで絶命すると精神体が複写される――」


「それくらい知ってる。不完全なコピーだから、生前執着したことや絶命直前を繰り返したりと一定パターンを繰り返すんだろ」


「おぉー、勉強嫌いの翔太が即答した」


「バカにしてんのか?」


「ううん、素直に驚いただけ」


 特に表情を変えず、淡々と応じる梓に俺は疲労度が増していくのを感じた。


 こぼれそうになったため息をぐっとこらえ、俺は気持ちを持ち直す。


 そしてトンネルをうねる風の音にまじる異音が耳に届く。


 肩越しに背後を確認すると、こんな足場の悪い暗闇を走ることになった原因がいた。


「くそ、もう追いついてきやがった」


 俺の視線の先に無数の顔とパースの狂った無数の手足を動かし、這いずるように追ってくる化け物があった。


 全ての目からは赤い涙を流し、悲しみとも怒りともつかないうなり声は俺の精神にダイレクトアタックを繰り返す。


 一刻も早く、視界から消し去りたいおぞましい姿だ。


 だから神咲学園の購買部で買った護符で封印してみたんだが、一番安い護符じゃ足止めくらいにしかならなかったか。


 梓は化け物をしばし凝視し、首を傾げる。


 涼しげな顔が一ミリも崩れないところが若干憎たらしい。


「あの姿! あの声! 気持ち悪さ全開だろ? 精神が蝕んでしまいそうだろ」


「……翔太、本気で言ってるの?」


「なんだよ、その捨て犬を見つけて憐れむような顔は!」


「だって不完全な複写体。さらに集合体。人の常識の範疇に収まる姿をしているはずがないよ。むしろ人の姿を保ってる方がレア」


「なんだよ、そのどや顔は! 親指立てんなよ! あーもー、だから物理ダメージ無効系は嫌いなんだよ」


 反射的にガジガジと頭をかきむしろうとするが、かぶったヘルメットに阻止され、爪がカツカツと情けない音を響かせる。


 だいたい卑怯だろ。


 こっちが殴ったりしてもダメージ与えられないのに、あっちは肉体的、精神的にダメージを与えられるとか。


 遮蔽物通過とか、どうやって防げと。そもそも遮蔽物とか通過できるのに、なんで地面に立っていられるんだよ。


 化け物に対する不満を考えていると不意にポンポン、と梓に肩を優しく叩かれる。


 優しい笑みを浮かべながら梓が俺を見ていた。


 神咲学園の男子生徒どもならば、無表情な梓が稀に見せる笑顔として悶絶するかもしれないが、俺にとっては含みのある顔で若干イラッとくる。


 不自然すぎるんだよ、その笑顔は。昔はもっと自然に笑っていただろうが。


 化け物のうなり声と梓の笑顔と走って逃げている現状に対する不満。


 俺の中で何かがプチッ、と音を立てて切れた。


「あーくそ、何で俺がにげまわらなきゃいけねーんだよ。ぶっとばせば終わりの相手によ」


 俺は一度、大きく息を吸い、脚に力を込める。


 ぐん、と体が前に押し出され、一瞬で併走していた梓の前に出る。


 二、三メートルほど梓の前に出たところで反転。


 靴ごしに伝わってくる砂利や砂が弾かれる感触。


 俺は重心を落とし、横転しないようにバランスをとりながら急停止する。


 視界には暗闇に青白く浮かび上がる化け物の姿。


 距離として三十メートルもないだろう。


 ゆっくり息を吐きながら俺は意識をカラダの内側へ集めていく。


 そして無理やり集まる意識に器がが悲鳴を上げる。


 吐き気にも似た感触が喉の奥からこみ上げてくる。


 同時にカラダの内側からこぼれ始めたチカラを感じる。


 よし、すぐにあの化け物をぶっ飛ばして――


「翔太、ダメ」


「――ッ! げはっ!」


 衝撃が俺の体を貫く。


 視線を下に向けると無防備になっていた俺の腹に梓の右拳が突き刺さっていた。


 呼吸どころか体を支えることも出来ず、俺は地面に膝をつく。


「な、なに……し、しやが……る……」


「それは私の台詞。翔太がチカラを使うと後々面倒なの。翔太は少しお休み。もうちょっと翔太と走っていたかったけど仕方ない」


 そう言うと梓は滑らかな動きで背にしていた矢筒から矢を抜き、手にしていた和弓を構える。


 一呼吸おいて、梓の構えた矢が淡い燐光を放ち始める。


 化け物とは違い、眺めていると安堵する、そんな光だ。


「おいたはダメだよ。あるべきカタチにお還り」


 鈴の音ような梓の一言。


 ひゅん、と矢が空を切る音が響く。


 次の瞬間、化け物に大きな穴が穿たれていた。


 穴の縁から化け物が燐光に変わっていく。


 化け物は、まるで無数の蛍のようにトンネルの暗闇を照らしながら宙にとけていった。


「よし、お仕事終了」


「終了、じゃねえよ。あっさりしすぎだろ。一瞬すぎるだろ。梓、あの化け物見たとき『現状を踏まえて戦略的撤退するべき』って提案しただろ」


「うん、した。一目見て、弱いのわかったから。ぶっちゃけ武器とか使わず、素手でよゆーなくらい弱いやつだった。翔太は強さを見るのが苦手だから、私の見立てを絶対信じると信じてた」


「うぉい! 俺に嘘ついたのかよ」


「嘘はついていない。お仕事とはいえ翔太と二人っきりになれる機会はそうそうない。だから、ちょっとお茶目な回答しただけ。すぐ解決できるから、少しでも時間を長引かせたかった乙女心だから、仕方ない」


「……確かに手に負えないとか言ってないけど、思いっきり誤解するように言っただろ。めちゃくちゃ真剣な顔してたぞ」


「うん、私の一言の出来次第で翔太の行動が決まる状況だから真剣にもなるよ。でも、お仕事中に私利私欲を挟むのは良くないね。今は反省してる」


「……反省しているように見えないんだが」


「だって、前回の彩音と前々回の藤代と比べて所要時間が大幅に短いことを考えたら、不満の一つや二つあっても仕方がない」


「仕方なくねーよ。前回と前々回は、やたら手こずったから時間がかかっただけだって言ってんだろ」


「……お仕事の内容は聞いた。妙に強い霊障だったから時間がかかった。翔太は疲労困憊という感じだったけど、彩音と藤代が妙に満足そうな顔をしていた。それが一番不可解で不満」


 梓は無表情に俺を見つめている。


 俺以外のヤツならいつもの表情と思うだろうが、つき合いが長い俺はそれが不満な顔だと見分けがつく。


 普段は周りの連中の事なんてアウト・オブ・眼中のくせに、変なところはしっかりと見てるよな、梓は。


 やたら疲れた仕事だった反面、報酬も良かったから彩音も藤代も満足だっただけじゃねぇのか?


 仕事――霊障駆除実習――は協会にきた霊障駆除依頼を神咲学園経由で生徒が解決する。


 成功報酬等々は代行手数料として二割を引いた額が生徒に支払われる。


 そのため霊障駆除実習は神咲学園で課外実習と実益を兼ねた授業として人気がある。


 霊障の規模によっては複数人で対応することになるので、実力と相談になったり、面倒だったりするけど。


 俺は不満そうな梓の背中を押して、とりあえず霊障駆除実習の三回目が無事に終わったことに安堵をしながら帰路につくことにするのだった。





はじめまして、橘つかさと申します。

初投稿で拙い作品ですが、よろしくお願いします。

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