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召喚しちゃうぞ!〜四の姫と兎の隊長さん  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【9】匿名のプレゼント(魔法使い的に)

 

「うーむ」


 高い天井、年月に磨かれた深みのある焦げ茶色の柱と太い梁。しっくい塗りの内壁は、絞ったばかりのミルクにひとたらし、紅茶を交えたような淡い褐色。

 室内の空気には干した草と花、そして熟成された果実の香りが溶け込み、戸棚にはガラス瓶に収められた薬草が並ぶ。かと思えば、店の一角にはガラス張りのケースに収められた指輪や腕輪、耳飾りに髪飾り、リボンにアンクレットと言った装具品が並んでいる。

 ただし、それらにはよく見ると魔導語や祈念語で魔法の言葉やシンボルが刻印され、あるいは縫い込められていて、ただの装身具ではないことを伺わせる。


「むーん……」


 薬草店の主、フロウライト・ジェムルは腕組みして首を捻っていた。


 目の前の作業台の上には、開封されたばかりの木箱が一つ。今日の午前中に届いたものだ。中身は乾燥した薬草。いずれも刺激が強く、使用に際しては細心の注意を払わなければ危険。しかし裏返せば微量でも強い効果が期待できるものばかり。

 しかもきちんと小分けされていて、すぐにでも調合に使える状態で、中にはコンディションの良好な種子まであった。

 運が良ければ芽が出るかもしれない。いや、芽吹かせてみせる。裏の畑で力線と境界線に近い場所を選んで、土質を整えればきっと……。

 考えただけで、わくわくする。


 箱の隣には、ずんぐりむっくりした縫い目だらけの人形が転がっていた。

 既にフロウ自身の手で腹の縫い目は丁寧に開かれ、目に縫い付けてあったボタンも外されていた。

 台の上には、人形の腹に詰まっていた物がきちんと並べられている。

 まず、黒っぽい石。一度溶けてどろどろになったのを固めたような形をしていて、とてつもなく強力な土と、火の力を帯びている。こんな性質を示す石は一つしかない。

 溶岩だ。

 さらに、南方の温かい海にしか生息していない貝の殻。仕入れようとしたら、輸送料と手間賃がかかってとんでもない値段になる代物だ。

 目の部分に縫い付けられていたのは、極上の真っ赤なロードクロサイト。これもまた、この近辺では薄い紅色の石しか産出されない。

 要するに、いずれも希少な魔術の触媒なのだった。それが一日のうちに無償で手に入った。本来なら喜ぶべきことなのだが。


 問題は……


「お?」


 重たい蹄の音が近づいてくる。黒か、とも思ったが微妙に歩調が違う。一定のリズムがあり、力強さの中にどことなく優雅な気品が感じられた。

 店の前まで来ると蹄の音はふっつりと途絶え、入れ違いに軽やかな足音が近づいてきた。

 ほどなく、扉が開く。


「やあ、元気かい、フローラ!」


 にゅうっと眉をしかめると、フロウは渋面で金色の瞳の召喚士をねめつけた。


「……その名前で呼ぶな、ナデュー! って何度言わせるか」

「固いこと言いなさんな。フロウライト、略してフローラ。ほら、何もおかしくない!」

「あのなあ」

「わかりやすくていいだろ?」


 ああ、今まで何十回、いや何百回このやりとりを繰り返したことか。上機嫌でばっすんばすっんと肩を叩く友人をじと目でにらみつつ、胸の奥でつぶやいた。


(こいつ、名付けのセンスねぇ……)


 ある意味、ダインと通じる所がある。若干、方向性は違っているけれど。

 定例の挨拶が終わるとフロウはカウンターの奥に行き、コンロにかかっていたヤカンを降ろした。


「茶菓子はクッキーでいいか?」

「お構いなく、持参したから」


 そう言ってナデューはいそいそと胸に抱えていた袋を開けた。


「お。子牛屋のフルーツケーキか!」

「うん。これを買わずにあそこの前を素通りはできないよ!」


 ナデューはフロウに負けず劣らずの甘党で……彼の召喚した使い魔は『シュガー』に『キャンディ』、『マフィン』に『ハニー』に『コンフェイト』と、ことごとく菓子類の名前を与えられていたのだった。

 フルーツケーキをお茶請けに香草茶をすすり、ひとしきり落ち着いてからフロウは切り出した。

 さっきからずっと気掛かりだったことを。


「なあ、ナデュー」


 作業台を指し示して問いかける。


「これ、送ってきたのお前さんか?」

「いや? 俺じゃないよ?」

「そうか……どれもこれも、東の方でしか採れないすげえ貴重な薬草なんだよ。てっきり、知り合いの誰かが送ってくれたのかと思ったんだが、名前が書いてないんだ」

「俺なら、きちんと名前を書くし。だいたい今日来る予定になってたんだから、直接届けに来るよ」

「だよ、なあ。あと、こんなものが裏口に落ちてたんだ」

「ほう」


 ナデューは目を細め、人形から取り出された『モツ』を吟味した。


「これは、すごいね。貴重なものばかりじゃないか!」

「包装はいまいち趣味が良くなかったけどな」


 詰め物が取り除かれた人形は腹にぽっかり穴が開き、解かれた縫い目から綿がはみ出して、いかにも『解体中』と言った様相を呈している。

 目が外されて口だけになった顔といい、開かれた腹といい、明らかに不気味さが倍増していた。


「匿名の贈り物、か」

「ああ。名前がわからないんじゃお礼の言いようがないし、困ってたんだ」

「犬でもいれば、匂いを辿らせる所だけど……」

「犬ねえ」

「あてがあるのかい?」

「いや。まあ、あれはどっちかっつーと犬っぽいものだな」

「へ?」

「あと、猫的なものも居るけどあいつは気まぐれだしなぁ」

「何、もしかして君、召喚術も始めたの?」

「いや、それは俺じゃなくて……」

「ニコラ君か。あの子、物覚えがいいよねー。教えたことをどんどん吸収して、また臆することなく自分の考えをぶつけて来るから、話してて楽しいよ。他の生徒にもいい刺激になる」

「ははっ、そうか」

「師匠の仕込みがいいんだね」

「おいおい、褒めても何も出ないぞ?」


 と、言いつつフロウはナデューのカップに香草茶のお代わりを注いだ。小瓶に満たした蜂蜜も添えて。


「そう言えば今日の公開授業の時、妙な奴がいたなあ。ニコラ君の隣に座ってたんだけど……」


 蜂蜜をカップに注いでスプーンで混ぜながら、ナデューが言った。


「ほう?」

「背が高くてごっつくて、訓練生にしちゃちょっと年食ってるかなーって感じで。えらいレベルの高い使い魔を連れてる割に、基礎的な知識がなって無いって言うか……根本的に、残念なんだ」

「それ、あーゆー奴じゃないか?」


 ちょうどその瞬間に裏口に通じる扉が開き、まずは弾けるような笑顔の金髪の少女が入ってきた。

 いつもの見慣れた制服姿ではなく、水色のドレスを着ている。髪には同じ水色のリボン、そして襟元には四角いフレームに蜂蜜を固めたような楕円形の宝石をはめ込んだブローチを着けていた。


「師匠、こんにちはー」


 次いで、堂々たる体躯の褐色の髪の男が入ってきた。ほんの少し背中を屈めてのっそりと。身に付けた簡素な生成りのシャツと毛織りのチュニック、そして同じく羊毛織りの外套には見覚えがあった。授業に出ていた時と同じ服装だ。

 そして、肩には翼のある猫を乗せている。


「ただいま」

「……………………君か」

「ぴゃあ!」

「あ、先生」

「え、ナデュー先生?」

「やあ、ニコラ君。こっちの君はえーっと」

「ディートヘルム・ディーンドルフ。通り名はダインです」


 残念くんはびしっと背筋を伸ばし、よどみない声で名乗った。

 丸めていた背中を伸ばしたせいだろうか。いきなり一回り大きくなったように見えた。


「呼びやすい方でお呼びください」

「じゃあ、ディーテ」

「へ?」


(あちゃあ、またやりやがったよ)


 ナデューは知りあった相手に、何かと乙女系の呼び名をつける悪癖があった。


「ディーテ? 俺のこと? ディーテって……」

「似合わねえなぁ」


 目を白黒させるダインがおかしくて、額に手を当て、クツクツと声をたててフロウは笑った。ニコラはそんな師匠に歩み寄り、大事そうに抱えていたガラス瓶を差し出した。


「師匠、これおばあさまから!」

「ほう?」


 それ自体が大きな水晶玉のような球形の瓶の中には、丸いキャンディが詰まっていた。

 上質の砂糖を練った飴の中に、ドライフルーツやエディブルフラワーを封じ込めた『食べる宝石』。王都からのお取り寄せ品だ。


「美味そうだな」

「いつもお世話になってます、どうぞ召し上がってくださいって」

「世話ってほどでもないが……せっかくだから、ありがたくもらっておこうかね」


 蜂蜜色の瞳を細めて、フロウはまじまじと瓶の中できらめくキャンディを見つめた。


「こいつぁ好物なんだ。ありがとよ」


 早速取り出してニコラの手のひらに乗せ、自分も一つ口に含む。二人して頬をぷっくり膨らませてもごもごやっていると、横合いからナデューがにゅっと手をつきだした。


「ほいよ」

「ありがとう。いただきます」


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