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召喚しちゃうぞ!〜四の姫と兎の隊長さん  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【3】ロブ隊長迷走す

 

 黒毛のどっしりした馬が一頭居た。幅の広い短めの鼻面、子供の胴体ほどありそうな太い首。がっちりした胴体を支えるずんぐりした脚は、足首の周囲をふさふさと長い毛が覆っている。

 その堂々たる体躯から、重い荷を運ぶのに適しているとわかった。だが、まとう空気は馬車を引き荷を運ぶ馬にしては、いささか猛々しい。


 これは、軍馬だ。武装した騎兵をその背に乗せて、共に戦場を駆ける馬。


 そして、馬と同じようにがっちりした男が傍らに立ち、つややかな黒い毛並みに丁寧にブラシをかけていた。着ているシャツを肘のあたりまでまくりあげ、ざっかざっかと慣れた手つきで。

 くせのある金髪まじりの褐色の髪は肩まで届き、瞳は若葉の緑色。左目を覆うように前髪を被せ、背中を少し丸めている。まるで何かから隠れようとでもするように。

 岩を削り出したようなごつごつした体躯と、柔和な表情がどこかちぐはぐな印象を与える青年がそこに居た。

 最後に会った時よりも少しばかり背が伸びて、肩幅も広くなっていた。


(ディーンドルフ! ったく全然成長してないじゃないか、あいつ。進歩のないやつめ)


 変わらない姿に安堵する。

 同時に嬉しくもあった。良い馬を得て、熱心に世話をしている。鍛えられた体を一目見れば、日々の鍛錬を怠らずにいると容易に知れる。何もかも自分が教えた通りに素直に。

 まくり上げたシャツからのぞく傷跡の数々が、彼が勇猛果敢に敵に立ち向かったことを教えてくれた。

 男の尻を追い掛け回す、なまっちろい色惚け野郎に成り下がっていたらと不安だったが……。

 杞憂だったか。


 深く深く安堵の息を吐く。無意識に肩の力を抜き、かっくりと首が前にのめった。目線の角度が変わり、馬屋に居たもう1人の人物が視界に入る。


「ダイン、これ。香草の残りだ。馬が食っても大丈夫なものばっかりだから、黒の飼葉に混ぜてやれ」

「さんきゅ!」


 ダインと比べて頭一つ分は小柄な男だった。亜麻色の髪を首の後ろで一つにしばり、肌につるんととした艶があって、まるで皮を剥いたばかりのゆで卵のような質感をしている。

 男は眠たげな蜜色の瞳の目尻を下げてダインに笑みかけた。


「おいおい」


 手を伸ばし、ひょいと青年の前髪についた干し草を拾った。

 親しげな口調だった。慣れた仕草だった。何より、そこまで近づかれてもダインがちらとも警戒の素振りを見せない。


「いくら馬の手入れしても、飼い主がこれじゃ、なあ。片手落ちもいいとこだぞ?」

「……ありがとう」

「黒にかける手間の半分でいいから、自分の身なりもかまっとけ」

「うん」


 まちがいない。あれが。あれこそが、銀髪の言っていた『彼氏』にちがいない!


(あいつがディーンドルフをたらしこんだ張本人か!)


 無意識に拳を握った刹那。黒い馬がぬうっと首を伸ばし、男の服の裾に顔をつっこんで、ぐいっとばかりに押し上げた。


「おおっと……よしよし、お前さんほんっと人懐っこいなあ」


 男は焦るでなく、乱れた服を直すでもなく、顔をほころばせて馬の顔を撫でた。

 一方で飼い主は


「てめえっ! 何してやがる!」


 くわっと歯を剥き出して、男と馬との間に割って入った。


「馬相手に本気ですごむなよ騎士さま。なー?」

「けじめだ!」


 ぶるるっと馬は呆れたように鼻を鳴らした。


「ったく」


 肩をすくめると、男はまた手を伸ばし、くしゃくしゃとダインの頭をなで回した。


「子供扱いすんなよ」


 撫でられた方はむすっと言い返しながらも目を細め、逃げることも振り払いもしない。


(何て顔してやがる)


 それはとても穏やかで満ち足りた表情で、自分の知っているディーンドルフとはあまりにもかけ離れていた。

 置いて行かれまい、捨てられまいと、必死に自分に取りすがってきた少年時代。あの痛々しいまでのせっぱ詰まった気配が和らぎ、ごく自然に他人を受け入れている。


(お前、こんな顔で笑えたんだな)


 ただの暑苦しい後輩としか思ってなかった。うっとおしいと追い払いさえした。

 だが、どんなに邪険にしてもディーンドルフは決して離れることはなかった。

 あって当然、何をしても失われるはずの無かった無条件の信頼とほほ笑み。別にありがたいとも嬉しいとも思わなかった。それが今は他の男に向けられている。


(面白くないぞ……何かわからんが、面白くない)


 こいつはもう、自分を必要としていない。暗にそう告げられたような気がした。

 

 東の交易都市に赴任が決まった時、ディーンドルフはまだ見習い……従騎士だった。

 既に充分な実力を備えていたにも関わらず、彼の継母にあたる女性が望まなかった、ただそれだけの理由で。

 成長を楽しみにしていた後輩なだけに、残して行くのは気掛かりだった。だがその反面、思ってもいた。これで潰れるようならそれまでだと。

 風の噂で正騎士になったと知った時は嬉しかった。今回の辞令でアインヘイルダールの隊長に赴任すると決まり、再会を楽しみにしていた。


(今度こそ、あいつを導いてやれると思ったのに)


 差し伸べた指先に、待っているはずの相手はいなかった。


 がくりとうつむくと、ロベルトはその場を立ち去った。力ない足取りで、とぼとぼと兵舎に引き返す。

 そうするしか、なかった。

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