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召喚しちゃうぞ!〜四の姫と兎の隊長さん  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【2】嗚呼勘違い!

 

 ロベルト・イェルプは万事において抜かりのない男だった。アインヘイルダールへの赴任が決まって以来、暇さえあれば町の地図を眺めて過ごしていた。お陰で今は、何がどこにあるのかすっかり頭に入っている。


 銀髪の騎士から聞いた情報だけで、どこに向かうべきなのかはすぐにわかった。

 頭の中の知識と、実際に歩く町の風景を結びつけながら歩いた。背筋を伸ばして、まっすぐに、ざかざかと歩いた。

 細い壁と壁の間の路地を抜けて、たどり着いたのは半分は石造り、半分は木造の天井の高い一軒家。

 背後には生け垣と塀に囲まれた裏庭が広がり、つーんとしたり、すーっとしたり、ふんわりと甘かったり。幾種類もの草や花のにおいが入り交じって流れてくる。

 その中には、それとなく普段使い慣れている薬のにおいもあった。


 上がり段を三段登った先の入り口の軒先には、木彫りの看板がぶら下がっていた。杖の突き出た大釜(Cauldron)の形をしていて、流れるような書体でこう書かれていた。

『薬草・香草・薬のご用承ります』


 間違いない、ここだ。

 ざんっと両足を踏ん張って仁王立ち、腕組みして看板を見上げる。あとは通りを横切り、上がり段を上がって戸口に立てばいい。だが、敵地を目の前にして急にロベルトの胸中に迷いが生じた。

 いや、むしろ先走った情熱にやっと理性が追いついてきたと言うべきか。


(何やってんだ、俺は!)


『ダイン先輩なら彼氏の家に』


 銀髪騎士の一言でぐらぐら煮えたぎっていた思考の中にぽとり、と氷が一塊落ちてくる。


(だいたい、あいつが誰と付き合おうと俺には関係ないだろうが!)


 だが所詮は焼け石に水。あっさりとそれ以上の熱波が押し寄せ、氷は一瞬で溶け失せ、水からお湯に変わる。本体が今、まさに煮えたぎっているのだから仕方がない。


(これは、そう、先輩としての勤めだ。見習いの時からから面倒見てきた後輩が、変な女に引っかかって道を踏み外さないように、指導してやるだけなんだ!)


『彼氏』


(……………………………………男だったっけ)


 一体全体、どこをどう間違えて男に走ったか、ディーンドルフ。自分の記憶にある限りでは、あいつの理想の女性は「姉上」で、男色の気は微塵もなかった。

 素直すぎる性質をつけ込まれ、海千山千の男に騙されたとしか思えない。

 こんなことなら、早いうちに色街にでも連れ出してちゃんと『そっち』の面倒を見ておけばよかった。


 舌奥に滲む苦い後悔を噛みしめながら、通りを横切る。しかしロベルトの歩みは店の入り口には行かず、壁に沿って横に回り込んでいた。

 窓から中を伺う。

 迷ったのは、自分の想像もつかぬほど様変わりしてるであろう後輩と(何と言っても男とデキてるのだ! あの純真無垢な子犬のようだったディーンドルフが……)、顔を合わせる勇気が出せなかったから、なのかもしれない。


 店の中は思ったより天井が高く、広々としていた。はやる胸を押さえつつ窓ガラスに顔を寄せ、ぐるりと見回す。


(いない!?)


 所狭しと並ぶ棚には、ガラス瓶がぎっしりと詰まっていた。天井近くに渡された紐からは、用途はもとより、名前すらわからない乾燥した草の束が下がっている。

 奥にはカウンターがあり、その手前には作業用の細長いテーブルもある。

 店主が自ら薬草を調合し、時には客の求めに応じてその場で独自の調合も行う、ごくありふれた作りの薬草店だ。

 大挙して人が押しかけるような店でもないが、今は人っ子一人見当たらない。カウンターの後ろにでもいるのかと伸び上がってみたが、やはり無人だ。

 角度を変え、別の窓からのぞきこもうと回り込む途中で気付いた。ぴかぴかに磨き上げられた真鍮のドアノブに、札がかかっている。いわく『休憩中』


「あ……なんだ、そう言うことか……」


 かすれた声とともにくったりと力が抜ける。だが安堵も束の間、別の考えが間欠泉のように噴き上がった。


(ってどう言うことだーっ)


 自分の言葉に自ら反論していた。ただし、頭の中で。


(休憩中って何だ。まさか奥でふたりしてイカガワシイことに励んでると言うのか? こんな、こんな真っ昼間から!)


 かっか、かっかと煮え立つ頭を抱えて扉の前から離れ、ふらふらと塀に沿って歩き出す。

 ほどなく、裏庭に通じる木戸にたどり着いた。もしもこのとき、木戸が閉まっていたら。ロベルトはそのまま、通り過ぎていただろう。だが何と言う偶然、あるいは運命の悪戯か。

 ひゅう、と風が吹き抜ける。

 足を止めたロベルトの目の前で、まるで見えない手に押されたように木戸が開いた。 


 これはもしかしたら、ある種の導きなのかもしれない。

 ぼうっと火照った頭でそんな事を考えながら、半ば雲を踏むような心地で足を運ぶ。木戸をくぐり抜けると、足下の感触が踏み固められた路面からふわっと柔らかな土に変わった。


 目の前には、冬だと言うのに青々としたとした畑が広がっていた。植わっているのはいずれも薬草、香草の類いだろう。店の前に着いた時嗅いだ香りが、一段と濃くなる。

 中央には井戸、やや離れて馬屋が建っている。

 その方角から、何かの動く気配がした。

 馬屋には馬がいる。だから生き物の気配を感じるのは当然のことだが、それだけではない。馬のいななきに、かすかに人の声が混じっていたのだ。


(そっちか?)


 足音をしのばせて歩み寄り、壁に張り付く。


(騎士たる者がのぞきなどはしたない)

(いや、これはのぞきなどではないぞ。偵察だ、て、い、さ、つ!)


 自分で自分に言い訳しながら、扉のすき間からそーっと中をのぞくと……


(あれは!)


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