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召喚しちゃうぞ!〜四の姫と兎の隊長さん  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【13】喚ばれし者は…

 

 地面から燃えあがる『力線』の木。その枝の間で膨らむ泡状の『境界線』の一つ一つはあまりに小さく、本来ならそこに住む存在を呼び寄せられるほどの強さはない。

 だから召喚術を用いてそれを一ヶ所に束ねて、一時的に異界に通じる小さな窓を編み上げるのだ。


 上級の術ならば窓を開く先を任意に選べるが、初級ではそこまでコントロールはできない。たまたま強い境界線が近くにあった、とか。召喚者の帯びる属性に引き寄せられた、とか。とにかく、その時一番、繋がりやすい異界に繋がるのだ。

 そして、その場に存在する、召喚者と最も相性のいい存在が応える。


「ようし……行くぞ……召喚しちゃうぞ!」


 ニコラは改めて、台の上に置いてあった杖を手に取った。長さは30センチほど、太さはニコラ自身の中指よりやや太い程度。何の飾りもなく、色付けもされていない。細長く切って、表面を磨いて、最も基本的なシンボルを刻印しただけの簡素な木の杖だ。


「エミリオの杖に比べて、えらくシンプルだな」

「まだ、あの子は自分専用の杖は作ってないんだよ」

「そだね、初級術師の試験受ける前だからね」


 然り。従って今、ニコラが使っているのは魔法学院から支給された『仮の杖』だった。

 召喚円の中央に琥珀のブローチを置くと、ニコラは杖の先端で軽く触れた。慎重な足取りで一歩下がり、護法円の真ん中に立つ。


『我は請う。混沌より出でし白、流れる水と降り注ぐ雨の送り手リヒキュリアの守護の下、ここに星界の窓を開き、汝を呼ぶ。来れ。応えよ。顕れよ……』


 ぼうっと召喚円の文字が光る。午後の太陽にも負けず、誰の目から見てもわかるほどはっきりと。放つ色は、透き通るせせらぎの青。


「青か……水界に繋がったみたいだね」

「やっぱりな」


 フロウは顎に手を当て、うなずいた。やはりニコラは、祖母の資質を強く受け継いでいるのだ。


『来れ、応えよ、顕れよ』


 初級の召喚術の詠唱は単純にして明快。ひとたび異界への『窓』が繋がったら、後は末尾の三語を延々と繰り返すのだ。応える者が顕れるまで、根気よく。


『来れ、応えよ、顕れよ………』


 ニコラは内心、心細くなってきた。窓が繋がったのはわかる。だけど果たして、出てきてくれるんだろうか?

 目隠しして、小さく開いた窓からかぼそい声で呼びかけるようなもの……初めての召喚術を、ナデュー先生はこう言った。ほんとにその通りだ。


(私の声、ほんとに届いてるの? って言うかそっちに誰かいるの?)


 大丈夫、焦らない。まだ三回目だもの。

 何も来なかったら、またやり直せばいい。何度でも。何度でも。


『来れ、応えよ、顕れよ!』


 四度目の詠唱は、力が入り過ぎてちょっとばかり声が裏返ってしまった。


(やだ、何ムキになってるんだろ、かっこ悪いぃっ)


 と。


 中央に置かれた琥珀のブローチから、しゅわああっと水が噴き出した。


(わあっ)


 心臓が跳ね上がる。かくかくと膝が。肘が。咽が細かく震え始めた。でも怖いんじゃない。


(来た!)

 

 しゅわわっと吹き出す水は、何かの意志を持つかのように空中でぐるぐると渦を巻いている。だが、円からは一歩も出ない。きらきらと日の光にきらめきながら飛び散るしぶきは、一滴も地面を濡らしてはいない。

 確かにこちら側には来た。だがその位相は以前として『向こう』にあるまま。実体化していないのだ。

 しきりと形を変えながら渦巻く水の流れは、一生懸命、こちら側に降りてこようとしているように見えた。

 いや、間違いなく『意志』を感じた。

 必死で実体化しようとしている。だが、出口が見つからないのだ。透明な膜に包まれたままなのだ。


(安定しない? どうしたの? あ、もしかして!)


 相手はおそらく、不定形の存在……こちら側では、しっかりとした形を保てない、もしくは、もともと形がないかのどちらかだ。


(だったら!)

 

 すかさずニコラは言葉を綴った。本来の呪文にはない。今まで覚えた祈念語を、目的に合わせて組み上げた言霊を。


『形なき者に形を。姿なき者に姿を。如何様な形になれども水は水 その本質は変わらじ。我は願う。形なき者に形を。姿なき者に……姿を!』


 唱えると同時に、念じた。目の前でふゆふゆと漂う水に相応しい、新たなイメージを。両手で握りしめた杖の端から、一筋の光に乗せて投射した。

 ぽわっと琥珀のブローチが内側から輝く。一段と眩しく。


「んぴゃっ」

「きゃわっ!」


 その刹那。

 ぷるんっと震えると、流れる水は延びて、丸まり、固まって行く。透明だった体が、確かな実体と色を備えて行く。

 卵形の小さな顔。すんなり伸びた手足。わたがしのような髪がたなびき、背中に金魚にも似た赤いヒレが広がる。

 まるで目に見えない指先でこねられたように、一つの形ができ上がった。ふわふわのドレスを着て、背中に二対のヒレが羽根状に広がる少女の姿。


「ほう……なかなかやるね、不定形の存在を安定させるなんて。あそこでつまづく子も多いのに、大した応用力だ!」


 ナデューの声が弾んでいた。予想を上回る成果が、嬉しく仕方ないようだ。

 フロウがゆるりと声をかけた。


「ニコラ! 名前、つけてやれよ。それがこの子とお前さんを結ぶきざはしになる」

「はい! えっと、えっと………キアラ」

『キアラ』


 しゃらしゃらとせせらぎの音に似た声が答える。


「そう、あなたの名前は、キアラ」


 その瞬間、ダインははっきりと見た。二人の間に繋がる、青く輝く糸を。

 そして閃く、白昼夢にも似た光景。


 まだ幼い女の子の手から落ちる『素敵な人形』。家族の元を離れ、寂しがる少女におばあさまが贈った宝物。

 大好きだから、どこに行くにも連れて歩いた、大事な人形。手から離れて、あっと言う間に橋の下、水に飲み込まれ、流され、見えなくなった。

 

(そっか、これ、ニコラの記憶なんだ……)


 失われた人形の姿形は、目の前に揺らめく水の少女と瓜二つだった。


(え、ってことは、これがキアラ?)


 ぎょっと目を見開く。


(普通に可愛いじゃねえか! てっきりあんなんだと………)


 ちらっと横目で見る台の上には、首に水色のリボンを巻いた呪術人形が転がっていた。ちっちゃいさんが何匹か上に腰かけ、椅子がわりにしていた。何ともほほ笑ましい光景だが、だからって不気味さが減る訳でもない。


「おいで、キアラ」


 ニコラは護身円から踏み出し、召喚円の中に入ると手をさしのべた。

 赤いヒレをはためかせ、水の少女はひゅるひゅるとその手の回りを飛び回る。

 ニコラの手には、白紙の召喚符が握られていた。

 ちょん、と『キアラ』の額とニコラの額が触れあった。その瞬間、枠しか描かれていなかったカードの表面に、じわっと……キアラの姿と、文字が浮かび上がった。

 ニコラはその文字を読み取り、うなずいた。


「そう、あなたはニクシーなのね」

『そう、キアラはニクシー。水の妖精』


 杖を振るいニコラは唄うように唱えた。


『事は成れり 窓よ閉じよ』


 ふっと円が光を失う。だが、キアラはニコラの側に居た。境界線をねじ曲げることなく、自然に存在していた。

 琥珀のブローチを拾い上げて、ニコラは改めて自分の胸元に着け……円から踏み出した。


『キアラ、キアラ、キアラ』


 しゃらしゃらと囁きながらニクシーはニコラの回りを飛び回り、一緒に円から抜け出した。


「お見事。召喚成功だね、ニコラ君」

「はい、ありがとうございます、ナデュー先生!」

「にーこーら、にこら!」


 しゅるりしゅるりとちびがニコラの足もとに体をすりよせた。


「ありがと、ちびちゃん」

『ちびちゃん ちびちゃん』

「ぴゃああ!」


 ニクシーと、とりねこ。ちょん、と鼻をくっつけあって、二体の『喚ばれし者』は挨拶を交わした。


「キアラかあ、いい名前じゃねえか」


 満足げにうなずきつつ、フロウはちろ、と横に控えるわんこを睨め付けた。


「そこで何故俺を見る。俺の名付けのセンスに文句があるか?」

「べーつーに?」


(気に食わねーっ!) 


 ひくっと口元を震わせ、ダインはムキになって言い返した。


「ちっちゃいからちび! 黒いから黒! わかりやすいだろーが!」

「ぴゃあ」


 ぱさっとちびが羽根を広げる。本猫は気に入ってるらしい。しかし黒はそこはかとなく不満げに、馬屋でいなないていた。

 言葉がわからずとも、通じるものはある。

 フロウとナデューは、顔を見合わせてから深い深いため息をついたのだった。


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