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スタート地点

 ちょっと机に向かってみようと思ったのは、いくつか遊び半分の学校説明会に出た後だ。学校なんてどこも同じようなものだと思っていたのに、良く言えば生徒の個性豊かな中学校と、学力や内申書のフィルタを通している高校では全然違うのだ。成績の落ちた僕が無理せず行ける学校っていうのは、僕のように流されやすい人間が行くと、とんでもないことになりそうな学校だった。そこで理性を保ったまま卒業するのなんて、意志の弱い僕には無理だと自分で理解できる程度には、僕は自分を知っていた。

 やっと警報が鳴り始め、初めて母に問題集を買ってくれと言った。

「自分で使いやすいものを選べばいいのに」

「うるせえな、何でもいいから買ってきてよ」

 実は、参考書と問題集の違いすら知らなかったのだ。友達に訊ねるには妙なプライドが邪魔をするし、母と一緒に書店に行ってアドバイスを聞くなんて、考えただけでぞっとする。本当はPちゃんに相談したかったのだが、Pちゃんは僕よりも相当先に進んでしまっていて、本当に今更相談できることでもない。何かを考えようとせずに後回しにしていた僕は、自力で始めるしかないのだ。


 家で勉強はしたくなかった。勉強していると両親に思われるのも嫌だったし、自室の机の上には遊び道具が積みあがっていたからだ。あくまでも「勉強せずに成績が上がった」というスタンスを取りたかったのは、妙なプライド以外の何物でもない。ファーストフード店やファミリーレストランに居座り、小遣いはあっという間に失くなった。図書館という手があると気が付いて行ってみると、座っていた友達が早朝から席取に並ぶのだと教えてくれた。

「そんな面倒臭えことしてんの?じゃ、いいや」


 僕と別れた女の子は、僕よりもずいぶんレベルの高い高校の受験を決めていたし、「どうでもいい」のスタンスを貫いていた僕に相談相手はいない。そのために僕は一人で考えねばならなかった。とりあえず母から差し出された問題集を解き、終わってから答え合わせをしては放った。

「間違えた部分を解きなおすのが勉強なのに」

「うるせえ。口出すなよ、キモいから」

 口答えした夜に両親が眠ってからこっそりと、放った問題集を拾って問題を確認する。その時のプライドを正しい方向に使えば、また違う道を歩いたかも知れない。付け焼刃の勉強で十二月に入り、志望校決定の時期は迫っていた。

 早々に推薦で私立高校に入学を決めたものも居たし、難関校に向けてのラストスパートをかける者もいる。

「充、まだ決めてないの?」

 すでに願書を出し終えたPちゃんが、歩きながら単語カードをめくる。

「何やっていいのか、わかんねえし」

 Pちゃんの浅黒くて小さい顔は、精悍だ。

「楽ばっかりしようとしてるからじゃない?充って成績は悪くなかったけど、バカだよな」


「Pちゃんみたいに頭良きゃいいけどさ」

「別に頭は良くない。考えてることがあるだけだ」

 Pちゃんは小柄で、体格の基準はギリギリだったと聞いた。印象的な細い手足には似合わぬ俊足で、サッカー部のレギュラーだったことを思い出した。

「Pちゃんって走るのも早いじゃん。俺とは出来が違いすぎる。絶対受かるよな」

「絶対なんて、ないんだ。合格する確立を上げないと」

 ここまでやったから大丈夫と気を抜いて、受験に失敗した話はいくつも耳に入っていた。何でも出来て、どこの高校にだって入れそうなPちゃんが気を抜いたりしていないのに、僕はすべてを面倒がって逃げていた。

 成績最下層のヤブですら、今更英語のBe動詞の暗記を始めているのだ。

「どこでもいいけど、高校には行っとこうと思って」


「工科学校に行ったら、もう誰も俺をPちゃんなんて呼ばない」

 単語カードに目を落としたまま、Pちゃんは言った。

「もしかして、Pちゃんて呼ばれるの、イヤだった?」

「そう言ったとき、おまえらは笑ったよな。冗談なのにムキになるなとか言って。そのまま定着させたくせに」

 忘れてた。中学校に入学した頃は、Pちゃんを浦ちゃんと呼んでいたのだ。

「俺は、おまえらみたいなバカには、何が何でも負けない」

 強い口調でそう言った後、僕の顔を見てにやりと笑った。

「試験が終わってから言おうと思ってたんだけどな。受験でイライラしてるんだ、怒るなよ」

 怒れる筈はない、ずっと静かに怒っていたのはPちゃんなのに、僕も含めて誰もそれに気がつかなかった。

 Pちゃんは最近大人になったのではなくて、ずいぶん前から大人だったのかも知れない。

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