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横断歩道

 ヤブがPちゃんに殴られたのは、九月の終わり頃だった。

「いいよな、勉強しろとか言われなくて、好きなことできるじゃん」

 ゲーム命・学力下層部のヤブは、毎日母親からの攻撃に死ぬほどうんざりしていて、いかにしてそれをやり過ごすかを至上命題としていた。

「学校サボってゲームしてても、誰も何にも言わないなんて、天国だよなあ」

「親バレした時が煩いんだよな」

 ヘラヘラ同意した僕たちを、Pちゃんは冷たい顔で見ていた。

「メシも自分で用意、石鹸がなければ自分で買いに行くんだぞ」

 ヤブはそんなこと大したことないと言わんばかりに続けた。

「コンビニで買えるじゃん。何にも言われなくて、好き放題って羨ましいよなあ」


 Pちゃんの家の実情は、子供も把握していなくては生活が立ち行かなくなる種類のものだ。Pちゃんの父親は知り合いの伝手で仕事を始めてはいたようだけれど、アルバイト程度の扱いだったらしい。マンションのローンと仕送りでがんじがらめになり、賢いPちゃんは自分の先の生活について、僕たちよりも遥かに真剣だった。

「おまえらに、わかるか。家に帰ったらメシがあって、掃除しなけりゃ風呂はカビだらけになるなんて知らないんだろ。ゴミだってゴミ箱に入れればおしまいじゃないんだ」

 抑えた声は震えていた。

「えー?そんな事くらい、大丈夫だって。親、いなくなんねえかな」

 その直後に聞こえたのは、肉を打つ音だった。


 気がつくとよろけたヤブと、拳を固めたままのPちゃんが向かい合って立っていた。

「何にも知らないくせに!俺はやりたいことがあるんだよ!だから大学に―――」

 そこまで言って、Pちゃんはくるりと後ろを向いて走り出した。誰も追わなかった。

「なんだ、あれ。悲劇のヒロインか?」

「バカ、ヒロインってのは女だぞ」

 ヤブはニックネームの由来である斜視気味の目でPちゃんの後姿を睨んでいた。僕たちはなんとなく気まずく歩き出し、コンビニに寄ることもなく帰宅した。


 少しだけ生活の重さを持ち始めたPちゃんは、もう横断歩道を渡って道路を挟んで歩いているようで、僕たちのように親の干渉や意識の拘束よりも、もっと見なくてはならない何かを見ているようだ。

「俺、高校行ったらバイトして金溜めて、アパート借りるんだ」

「あ、じゃあ、全員で借りて、たまり部屋にしねえ?」

 そんな会話を交わして実現可能なことのように思い、現実は甘いのだと考える僕たちとPちゃんは、ずいぶん離れてしまっていることに気がつく。


 Pちゃんは翌日、学校をやすんだ。その翌日も休み、その後何事もなかったかのように登校すると、努力家で陽気でノリの良いPちゃんに戻っていた。ちょっと調子に乗りすぎたかなと反省した僕たちは、戻ったPちゃんの顔色を見て、すぐにもとのだらけた生活に埋没して行った。




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