今日、ようやく弟に家督を譲る。
なんでもあり。
両親が事故で亡くなった時、私はちょうど成人になったばかりだった。
あの時はそうは思えないほどに目まぐるしく環境が変わったけれど、私が成人していてよかったと思う。
でなければ、父様が受け継いできたこの家の代理当主にはなれなかった。
我が国では、成人していないと当主にはなれない。
弟が成人するまでの中継ぎとして、この家の代理当主になれたから、私は今日弟に家督を譲ることができる。
私のサポートをすると言って親戚の何人かがこの家を欲しがっていることに気がついた時に、代理当主としての自覚が生まれた。
女なのだからできないと言われることも何度もあったけれど、父様が残してくれた資料を睨めっこして、なんとか維持くらいはできだだろう。
幼い弟を守るには頼りなかったが、この家を誰かに取られることがなくてよかった。
父様、母様、私うまくやれましたかね。
あの時8歳だった弟も、今日で18になる。
弟にはたくさん厳しくしてしまった。
あの日までは優しい姉だったと自分でも思うが、弟のことをこの家の正統継承者として見ていると、どうにも力が入ってしまった。
私のようにならないように、簡単に誰かに奪われるような子にならないように、私と違って才能もある弟が当主に相応しい人になるように、と。
その甲斐あってか、成人してすぐに当主になっても問題のない人に育ってくれた。
これも弟の辛抱強さあってこそだろう。
弟を羨ましく思うとすれば、引き継ぎを教えてくれる人がいたことだろうか。
私の時は執事長が特に協力してくれてなんとかなったが、やはり父に教わりたかったなとは思う。
元々当主になる予定のなかった私に、必要最低限のことは教えてくれていたけれど、それだけでは足りなかったと思うと、当主になるというのは大変なことだなとと心底思う。
私にはなれないとも思う。
代理当主でもう手一杯だ、これで手放せるかと思うと弟には申し訳ないが肩の荷が降りて嬉しさが勝るかもしれない。
そんなことおくびにも出せないけど。
「姉様」
豪華な誕生日パーティーの主役に呼ばれて振り返った。
「ご当主様、どうかされましたか?」
「……まだ手続きが終わってないのですから、その言い方はやめてください」
「あら、それもあと数時間の話ですよ」
「それでも、今はまだ姉様が当主です」
「ただの代理だってば」
「姉様、これまでずっとありがとうございました」
弟は執事長に合図を送ると、抱えきれないほどの大きな花束を持って来させた。
それを受け取ると、私の方をまっすぐに見据えた。
その顔が真剣で、それだけ胸がいっぱいになる。
この10年は、長かった。
私もまだ20代のはずなのに歳を取ったのかしら、涙腺が緩みそうになる。
「姉様のおかげで、僕はこの家を継ぐことができます。本当にありがとうございました」
そう言って、その花束を私に手渡した。
これでは、どちらが今日の主役かわからない。
「……あなたが、グレずに育ってくれたおかげよ」
「親代わりは今日までにしてくださいよ。姉様は、僕の姉弟なんですから。その役目はもう背負わないでください」
「……っ」
「今日からは僕が姉様を支えますから」
「……ふふっ、領地と領民のことだけ考えてくれれば、それでいいのよ」
「ダメです。この10年分の恩返しを一生すると決めているのですから」
その顔に幼い頃の面影を感じて、ああ…本当に大きくなったな…、と、父様と母様にも見せてあげたかったなと思う。
こういうところかしらね、親面をしてしまうのは。
だってあの時はまだ8歳だったのよ、こんなにしっかりしてしまうなんて、あの頃は想像できなかった。
ただ不安のなか、この子に泣いているところなんか見せられなくて、頼りにしたい両親はいなくて、私はがむしゃらにやってくるしかなかったのだ。
「苦労ばっかりかけてごめんね」
「それは僕のセリフです。姉様がいてくれたから、僕は今ここにいられるのですよ」
最愛の弟にそう言われるのなら、これ以上の喜びはないだろう。
私の唯一の家族、素敵になってくれて本当によかった。
「……まあ、姉様は僕では不満かもしれませんが」
「え? あなた以外に頼りになる存在はいないわよ」
「あの当時、婚約していた方と結婚されてもいいのですよ?」
その言葉に心臓がドキリと跳ねて、気づいたら息を止めていた。
代理当主になるにあたって、婚約していた彼とは婚約を解消した。
彼も家を継ぐ人だったから、関係を続けるわけにはいかなかったのだ。
向こうのご両親にはとても受け入れてもらえなかったけれど、私はこの選択を間違っていなかったと思う。
ただ、彼とは政略結婚のための婚約だったけれど、想いは通じ合っていたので、苦しかったのも事実だ。
それも過去の話だ、今はもう関係ない。
「……あら、やだ。あなたは私よりももっと現実主義だと思っていたのだけれど、恋には夢見る男だったの?」
「あの時の婚約者の方、いまだに独身じゃないですか」
「社交の場で変わり者と言われているものね」
「姉様とくっつくともっぱらの噂ですよ」
「そんなことも言われている時期もあったけれど、そんなことあるわけないじゃないの」
「本当にいいのですか?」
「家のために結婚しない男は信用ならないからいいわ。……私が家を取ったのだもの、あの人も家を取るべきだったのよ」
私がそう言うと、弟は悲しそうに目を細めてそっと近づいてきた。
そして、誰にも聞かれないように私の耳元でそっと呟いた。
「姉様の元婚約者の方は、もうじき家督を弟に譲るそうですよ」
「は……」
口から漏れた声になっていなかった音を無視するように、弟の囁く声は続いた。
「なんでも当主の座を譲っても暮らしていける算段がついているとかで、この10年は実の弟に家督を譲れるように育てて準備してきたんだとか」
「な、にを……」
「姉様と一緒ですね」
そう言って、弟は至近距離でにっこりと微笑んだ。
誕生日パーティー中だというのに、周りの音が聞こえないくらい静かに感じる。
「『君の姉にプロポーズさせてほしい、次期当主に許可をいただきたい』と僕宛に先日そのような手紙をいただいたので、もちろんOKですと返事をしておきました」
「…………」
「女性の結婚は、当主の許可が必要ですものね。ねえ、姉様。僕、あと数時間後が今人生で一番楽しみなんです」
「……なんで」
「ひひひっ。当主引き継ぎの手続きが終わり次第、我が家に姉様を口説きたい人の来訪がありますので、よろしくお願いしますね」
口に手を当てて肩を揺らすようにイタズラっぽく笑う、その笑い方が子どもの頃から変わっていなくて、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……なん、でよ」
「言ったじゃないですか、一生恩返しするって。そのうちのたった一つですよ」
「……私、断るかもしれないわよ」
「それならそれでいいですよ。姉様はずっと家にいてくださっても構いません、僕が世話できるのでむしろ嬉しいくらいです」
「……それはあなたの将来のお嫁さんに迷惑だから、やめなさい」
「我が家のことは皆が知っていることです。姉様を迷惑扱いする嫁など、この家には必要ありません」
「……育て方、間違ったかしら」
「だから、もう姉と弟ですってば」
今日、晴れて代理当主の座を降りて、成人した弟に家督を譲る。
だけれど、私の人生はまだまだこれからも大変さに変わりはないようだ。
了
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288日目。




