第24話:もう思い残すことはない~ジルバード視点~
いいや、そんな事はない。きっと俺の願望が、そう思いたいだけなんだ。そうだ、そうに違いない。それでもこうやってアイリーン嬢と一緒にダンスを踊れる事は、幸せ以外何物でもない。
1つ冥土の土産が出来たな。
「ダンスはこれくらいにして、お庭でお茶を飲みましょう。どうぞ、こちらです」
一通りダンスを踊り終えると、今度は公爵家の中庭へとやって来た。立派なバラが咲き誇っている。きっとバラを見ながらお茶を…あれ?
なぜかバラ園を通り過ぎると、カスミソウが咲いたエリアにやって来たのだ。
「こちらでお茶にしましょう。私、カスミソウが大好きなのです。小さなお花をたくさんつけているでしょう。1つ1つは小さいけれど、沢山集まれば、こんなに綺麗になるのだなって思ったら、なんだか愛おしくなって」
そう言うと、アイリーン嬢が嬉しそうにカスミソウを見つめている。
「確かに可愛らしい花だね。俺も今、カスミソウが好きになったよ」
「まあ、ジルバード殿下ったら。さあ、お茶にしましょう。美味しいお菓子もありますよ。屋敷でのんびり過ごすようになってから、こうやって綺麗なお花を見ながらお茶を楽しむのが、一番の幸せなのです」
穏やかな表情で、アイリーン嬢がお茶とお菓子を勧めてくれる。
「このお茶、美味しいね。それにこのお菓子も、甘さが控えめで食べやすいよ」
「ジルバード殿下は、昔からあまり甘いものがお好きではありませんものね。このお菓子は、甘さ控えめで食べやすいのですよ。たくさん食べて下さいね」
「アイリーン嬢は、甘いお菓子が好きなのかい?」
「はい、私は昔から甘いお菓子が好きだったのです。一時期は色々あり、食べられない日々が続いた事もありましたが…今は美味しく頂いておりますわ」
知らなかった、アイリーン嬢が、お菓子が好きだっただなんて。よく考えてみれば俺は、アイリーン嬢の事をあまり知らなかった。
これからはもっと、アイリーン嬢の事を…
て、これからなんて未来は、きっと俺には来ないだろう。それでも今日、アイリーン嬢の事を1つ知れてよかった。
穏やかな表情で、お菓子を頬張るアイリーン嬢。彼女の笑顔を、これからも守っていきたい。たとえ俺が傍にいられなくても…
もっとアイリーン嬢の傍にいたい。でも…もう行かなければいけない。今日はこの後、騎士団の会議が控えているのだ。この会議には父上や兄上、貴族たちも参加して、今後の事を決める重要な会議なのだ。
もしかしたら、今日がアイリーン嬢に会える、最後の日になるかもしれないな…
それでも、こんなに素敵な思い出を与えてくれたのだ。俺はもう、思い残すことはない。
「アイリーン嬢、楽しい時間をありがとう。この後会議があってね。そろそろ行くよ」
「まあ、そうだったのですね。私の方こそ、楽しい時間をありがとうございました。今日あなた様とダンスを踊り、お茶を楽しめた事、嬉しく思いますわ。お忙しい中お時間を作って下さった事、心より感謝申し上げます」
令嬢らしく、カーテシーを決めるアイリーン嬢。その姿を見て、俺の心も温かくなった。
「それじゃあ、また会いに来るよ」
俺は何を言っているのだろう。もしかしたら、もう二度と会いに来ることはできないかもしれない。でも、そう言わずにはいられなかったのだ。
これはきっと、俺の切なる願望だろう。
欲を言えば、あと少しだけアイリーン嬢の傍にいたい。まだ魔王と戦いたくはない。少しでも長く、アイリーン嬢の笑顔を見ていたい。
でも…
それは俺の我が儘だ。きっともうすぐ、魔王は復活する。今度こそ、俺の手で魔王を封印する、そう決めているのだ。
「ジルバード殿下、どうかお気をつけて」
俺を見送るため、わざわざ馬車のところまで来てくれたアイリーン嬢。笑顔で手を振ってくれるアイリーン嬢に、俺も笑顔で手を振り返す。
アイリーン嬢の顔を見るのも、今日が最後かもしれない。そう思うと、どうしても彼女から目を離すことが出来ないのだ。
アイリーン嬢、俺に人を愛する気持ちを教えてくれてありがとう。俺はもう、思い残すことはない…と言ったらウソになるが、それでも俺は君の為に命を懸けて魔王を戦えそうだ。
それもこれも、君のお陰。
どうか俺がいなくなっても、幸せに生きて欲しい。
次回、アイリーン視点に戻ります。
よろしくお願いします。




