第19話:新たな葛藤
「アイリーン、おやすみなさい。ゆっくり休むのよ」
「今日はずっと傍にいて下さり、ありがとうございます。おやすみなさい、お母様」
夜、お母様が自分のお部屋へと戻っていく。今日1日、本当にお母様はずっと傍にいてくれたのだ。こんなに穏やかな気持ちで過ごせたのは、何年ぶりだろう。
ふと窓の外を見上げる。空には綺麗な星空が。
「なんて綺麗なのかしら…あの時見た星空も、こんなに綺麗だったわね…」
500年前、魔王が復活し、魔王と直接対決をした前日の夜も、こんな風に星が奇麗に出ていた。長期間にわたり魔物たちが街を襲い、沢山の人が命を落としていた。そう、私の兄も魔王によって命を奪われたのだ。
魔王が街に初めて現れたあの日、恐怖から震えて動けない私を庇い、兄はその場で命を落とした。
歳も近く、ともに過ごしていた大好きだった兄。そんな兄を無残にも惨殺した魔王が、許せなかった。兄の無念を晴らすため、兄の意思を継いで自ら魔王討伐部隊を率いる事を決めた。でもそれと同時に、怖かった。私よりずっと強かった兄を殺した魔王を、私が倒せるのか。
死にたくない。私だって令嬢らしく、友人たちとお茶やお菓子を食べてお話をしたり、ドレスを着て社交界に出たい。いつか愛する殿方を見つけて、結婚して幸せに暮らしたい。
そう何度願ったか…
500年前は、今以上に魔王に対する恐怖心が強く、魔力量の多かった兄と私は、8歳から騎士団に入れられ、貴族らしい生活をさせてもらえずにいたのだ。
だからこそ、あの時の私は令嬢との生活を夢見ていた。
魔王と直接戦う事が決まったあの日、死への恐怖から綺麗な星空を見つめながら、何度も涙を流した。死にたくない!生きたい!私も普通の令嬢としての幸せを感じたい。
魔王に怯えることなく、戦いもなく、毎日平和に生きたい。友人たちと一緒に恋の話をしたい!でも、それは決して叶わない願い…
そう、私はジャンティーヌの時の記憶を取り戻したと同時に、あの時の葛藤も思い出したのだ。
「ジャンティーヌはきっと、次は令嬢として幸せに暮らしたいと望んだのね。だから私から、魔力を取り上げたの?」
ジャンティーヌ…当時の私は、心のどこかでずっと思っていたのだ。もし自分に魔力がほとんどなかったら、令嬢として平和に生きられたのではないかと…
もちろん魔王と戦い、国を救えた事に満足して死んでいった。でもそれ以上に、来世では魔力を持たないか弱い令嬢に生まれたい、そう願っていたのだ。
それくらい、魔王との戦いは辛いものだった。
「皮肉なものね…ジャンティーヌの記憶を取り戻すまでは、ジャンティーヌがうらやましくてたまらなかったのに…でも今は…」
そっと手に魔力を込める。ジャンティーヌの記憶と膨大な魔力を手に入れた私はきっと、魔物たちとも十分戦えるだろう。
でも…
分かっている、私に膨大な魔力が戻った意味を。きっと近々魔王が復活するだろう。その時、私が討伐の最前線に立って戦える様に、私に力を与えられた事も…
でも私は…
ジャンティーヌだった時の記憶が、彼女の切実な願いが、私の気持ちを混乱させる。今度こそ令嬢として、幸せに暮らしたい。
それに何よりも、私に酷い事をして来た人たちの為に、どうして私が命を懸けて戦わないといけないのだろう。きっと両親やお兄様も、そんな事を望んでいないだろう。
現に両親やお兄様は、外に出る事を禁じている。きっと膨大な魔力を取り戻した私が、討伐に参加したいという事を恐れているのだろう。
500年前、お兄様を失くしたお父様とお母様は、私が討伐に行く事に酷く反対した。お兄様だけでなく、私までいなくなったら…そう泣いて訴えられた。でも私は、兄の代わりに任命された騎士団長の仕事を全うするために、泣いて縋る両親を突き放し、魔王との戦いを選んだのだ。
あの時は仲間の為、亡くなった兄の為と必死だった。それに何よりも、自分がやらなければという使命感が強かったのだ。
魔王の強さも知らずに…




