執事は王子の代わりに隣国の王女とデートをすることになりました。
とある王家に仕える第一王子専属執事のルイは人生最大というレベルで焦っていた。
「ユーリ殿下!?何で俺が殿下の格好をしているんですか!?」
それは遡ること数時間前…ユーリに突然の連絡が入った。それは来客の対応、王族として絶対に外すことのできない公務だった。しかし、不幸なことにユーリは、元々婚約者であり隣国の王女エリーゼとデートの予定が入っていたのだ。突然デートの約束をすっぽかしたらエリーゼに嫌われてしまう…。そう思ったユーリは急遽ルイを代役に仕立て上げたのだ。
「まあまあ、こんな大仕事にルイしか頼めないんだよ…。それに、君なら安心してエリーゼを任せることができる。」
「そういうことではありません…。これバレたら、殿下と私が王に叱られますよね!?というか、国際問題になってしまいますよ!?」
ユーリとルイは幼い頃からの仲で、ユーリの無茶振りによって王に叱られることが多々あったのだ。それゆえ、王に叱られることを恐れている。王は怒るとこの世界で一番恐ろしい。ルイはそう確信していた。
「まあ、何とかなるさ!」
ユーリは適当なことを言う。そう、昔からこの調子なのだ。ルイは今までこの適当王子に振り回されてきたのだ。そして叱られてきた。
「さあ、デートの時間まであと三十分しかないぞ!早く待ち合わせ場所まで行ってきてくれ!」
ユーリはそう言ってルイの背中を押す。そうして、部屋の扉の前まで連れて切られてしまった。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
そう言ってユーリはルイを自室から追い出したのだ。
はあ、ユーリの後先考えない行動はいつもそうだが、まさかここまでとは…。ルイは頭を抱えてしまった。しかし、なってしまったものは仕方ない。気持ちを切り替えて、エリーゼとのデートに臨まなければ…!
エリーゼとの待ち合わせ場所に行く前に本日のデートの内容を確認する。まずは、城下町でエリーゼ様と待ち合わせ。そして、食べ歩きやショッピングをする。もちろん、二人だけで。護衛は二人を見守れるように遠くから待機しているとのことだ。
ちょうど確認が終わったところで、待ち合わせ場所に着いた。まだ待ち合わせまでは十五分ある。それまでに、どうするか思案するとしよう。
十分後、ついにエリーゼが待ち合わせ場所に到着した。エリーゼはいつものような煌びやかなドレスではなく、町娘が着るような可愛らしいワンピースを着ていた。この姿を見れば間違いなくユーリは卒倒しただろうに。ユーリは実にもったいないことをしたと心の中で憐んでおく。もちろんルイも変装をしている。今日はお忍びデートなのだ。周りの人間に王族だとバレる訳にはいかない。そう考えると、ルイの気がより一層引き締まった。
「ユーリ、久しぶり!元気だった?」
俺の姿を見つけると、エリーゼはこちらに駆け寄って来てくれた。こんなとき、ユーリならどうするだろうか。答えは簡単だ。
「エリーゼ!今日もとても美しいよ!君はいつでも美しいがね」
そう、エリーゼのことをめちゃくちゃ褒めるのだ。ルイは一介の執事としてそのような感情を抱いたことはないが、ユーリなら確実にそう言うだろう。
「ふふ、褒めてくれてうれしいわ」
そう言いつつ、エリーゼは嬉しそうに微笑んでいる。この二人を見守るのが趣味なルイからすれば、この場所を今すぐユーリに替わってほしいくらいである。そして草葉の陰から二人のことを見つめていたい。
「じゃあ、行こうか。この先にとっても美味しい洋菓子店があるんだ。君の好きなアップルパイも売っているよ」
「アップルパイ!とても楽しみ」
ルイは最初に洋菓子店に行くことにした。その洋菓子店は町でとても有名で仕事終わりに何回か買いに行ったことがある。あの店のアップルパイはまさに絶品だった。本当はユーリと先に行く予定だったが、多めに見てもらおう。
「ユーリが洋菓子店に詳しいなんて意外ね」
「そ、そうかなぁ〜。エリーゼが好きなものについて詳しくなろうとしただけだけどね、ハハ…」
思わず乾いた笑いが出てしまう。そうか!あまりにも完璧すぎる行動をするとエリーゼに本物の王子だとバレてしまうのか。なら、ところどころポンコツな行動をして怪しまれないようにしなければ…!手始めにまずはすっ転ぶ!!
「うわっ!」
「大丈夫?ユーリ痛くない?」
「ああ、大丈夫だ。気にしないでくれ」
王子は足元をよく見ずに転ぶことが多々ある。この前なんて、机の足に引っかかって転んでいた。これはその忠実な再現なのだ!そして次!道を間違える!!
「あ、あれ〜。確かここのはずなんだけどな〜」
「ユーリ。どうかしたの?」
「ああ、それが…道に迷ってしまって…」
「これから行く洋菓子店の名前はわかる?」
「た、たしかアイルード・パイという名前で…」
「ならさっきその洋菓子店の看板を見たわ。こっちよ、着いてきて」
そう言って、エリーゼはルイの前を歩く。いくら何でもユーリをポンコツにしすぎただろうか。いや、大丈夫だ。先週も王宮内で迷子になっていた記憶がある。むしろユーリの真似は完璧だろう。
エリーゼに連れられて行くと、洋菓子店の前まで着いた。一度看板を見ただけで目的地につけるなんて…エリーゼに感心する。ユーリにも見習ってほしいものだ。洋菓子店に入ってアップルパイを買うのには特に問題はなかった。ふう、これでひと段落ついた。この後は、城下町の中央にある公園まで二人で歩くとしよう。
「この国は色々なところに花が咲いているのね。癒されるわ!とっても素敵!」
「そうだろうそうだろう!ここに咲いている花はアネモネで…花言葉は儚い恋、期待、真じ…」
「??どうしたの?」
突然様子がかわったので、エリーゼが首を傾げている。
一方、ルイは焦っていた。アネモネの花言葉は儚い恋、期待、真実…俺が今真実とか言ったらそれはもう自首と同義だろう。まるで匂わせじゃないか。
「いや、なんでもないよ。さあ公園へ行こうか」
そう言い、二人で公園まで歩きつつアップルパイを食べる。さすが町の有名な洋菓子店のアップルパイだ。とても美味である。隣でエリーゼも美味しそうにアップルパイを頬張っている。
ちょうどアップルパイを食べ終わる頃、二人は公園に辿り着いた。
「エリーゼ、この後は雑貨屋に行こう。そして、お揃いの小物でも買わないか?」
「ええ!貴方とお揃いのものはぜひほしいわ!」
二人は公園に行ったそのままの足で雑貨屋まで歩き始めた。
雑貨屋に着いて二人でのんびり商品を見ているときそれは突然起こった。なんと、強盗が店の中にはいってきたのだ。
店の中は騒然としている。ルイは窓の外を確認するが、近くに護衛の姿は見えない。店の中に強盗がいるとは気づいていないのだろう。……仕方ない。ルイは心の中でユーリに謝罪する。エリーゼに危害が及ぶ前に、ルイがすることは一つだけ。
エリーゼは明らかに怯えている。そうだろう、生まれてこの方強盗に遭遇したことがあるはずがない。そんな、護られるべき御方なのだ。
「大丈夫ですよ、エリーゼ様。あとは俺にお任せください」
「え…?」
ルイは強盗に聞こえないようにエリーゼの耳元でそう囁いた。
ルイは会計口付近にいる二人の強盗に目を向ける。そして、次の瞬間強盗に飛びかかった。突然のことに強盗の一人は対応しきれずその場に倒れ込む。そのまま強盗に手刀を入れ、意識を奪った。しばらくの間、もう一人の強盗はその様子をポカンと呆気に取られた顔で見つめていたが、我に帰ったのか
「うわわああああああああああ!!!!」
と叫びながらルイに襲いかかった。ルイは襲いかかる強盗に驚きもせず、強盗のみぞおちを殴って意識を奪った。その間は僅か一分にも満たなかった。
エリーゼはもちろん、他の客や店員はその様子を見て呆気に取られていた。突然出てきた一人の青年が強盗二人を素手で倒してしまったのだから。その間にルイはエリーゼを連れて急いで店を出た。このまま店に居れば、間違いなく騒ぎになってしまう。そうなる前に早くここから離れなければ。ルイはその一心だった。
エリーゼを連れて急いで歩いている内に先程の公園まで戻ってきてしまった。周りには強盗騒ぎのことを知っている人はまだいないらしく、穏やかな時間が流れていた。
「あの、貴方はユーリじゃなくて…執事のルイよね?」
「はい…!この度は騙すような真似をして申し訳ございませんでした!」
ルイは直ぐに謝罪をした。どうしようもない事情があるとはいえ、エリーゼを騙したのは紛れもない事実。そこに、言い訳をする要素は一つもなかった。
「構わないわよ。どうせ、ユーリに突然の公務が入ったとかそんなところでしょう?それよりも、先程はありがとう。お客さんや店員さん、そして私を助けてくれて」
「お怒りにならないのですか…?」
「こんなことじゃ怒らないわよ。むしろ助けてもらって感謝しているわ」
そう言ってエリーゼは微笑んだ。優しように笑うその姿はルイにとって女神のように見えた。
「ああ、そうそう。私、貴方がユーリじゃないことには薄々気づいていたわよ」
「え!?」
ルイは思わず声を上げてしまった。まさか、正体が気付かれているとは思いもしなかったのだ。
「確信を持ったのは強盗を二人倒したときだったけれど…」
「まさか気付かれるとは思いませんでした。どうしてわかったのですか?」
「それは…」
「それは…?」
「愛の力、かしらね」
そう告げてエリーゼは楽しそうに笑っていた。
「この後、アイルード・パイに行ってアップルパイを買ってから王宮に行きましょう。そろそろ、殿下の公務も終わる頃ですから一緒に食べていかれませんか?」
「それ、いいわね!今すぐ行きましょう!」
そして二人は洋菓子店まで再び歩き出した。店に着くまでは二人して、ユーリの話をした。いつもはポンコツだけれども、いざというときは必ず助けてくれるくれると、民の話によく耳を傾け大切に想っていると、一度懐に入れた人は一生大事にすると。いつもの調子でよく忘れられがちなのだが、ユーリは一国の王子で人格者なのである。
この二人はユーリのことをちょっとだけ舐めているが、それ以上にユーリは慕われている。
まあ、また机の足に引っかかって転ぶし、王宮内でも迷子になるのだが。




