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第6話 一口あげる

 オムライスはなかなか美味しかった。卵のあっさりした味とケチャップベースのこくのあるご飯がバランスが良かった。


「周、オムライス美味しい?」


 優月がフォークを口に咥えてよだれを垂らしながら聞いた。俺はオムライスをすくいながら答えた。


「うん、美味しい」

「そう?」


 優月が俺のオムライスに目線を固定したまま、呟くように言った。

 さっきからずっと俺のオムライスをジロジロ見ていたんだけど、もしかして食べたいのか。

 俺はオムライスを優月の方へそっと押した。


「食べたいなら、一口食べてもいい」

「え、本当? それでもいいの?」


 待っていたのか優月が目を輝かせて聞き返した。


「じゃあ遠慮なく」


 優月がすぐスプーンに持ち替え、俺のオムライスをすくって口に運んだ。優月はオムライスをもぐもぐと噛み締め、味わった。


「ふ〜うん、美味しい。やっぱここにきて良かった」


 優月は幸せそうに微笑んだ。そんな彼女の笑顔をじっと見ている中、目が合った。優月は照れ笑いをした。


「周も私の食べる?」


 優月が半分ほど残った自分のナポリタンを、俺にすっと押した。


「ここのナポリタン、美味しいよ。一口食べてみて」

「いや、俺は遠慮する」


 オムライスだけで十分だった。あと何より、今はナポリタンがあまり惹かれなかった。俺はナポリタンを優月の前に押し返した。


「俺はオムライスだけで十分だから」

「いやいや、マジで美味しから食べてみなさい」

「大丈夫」

「私も一口食ったから、周も一口食ってもいいのよ」

「いや、俺はマジで大丈夫だって」

「私が大丈夫じゃないから、早く食べてみて」


 優月がまた俺の前にナポリタンを押した。すると俺がまた彼女の前に押し返した。この意味のない行動を何度も繰り返した。

 七回ほど繰り返しただろうか、俺は優月の前にナポリタンを押そうとして手を伸ばしたが、そこには何もなかった。優月が俺の前にナポリタンを押してなかったのだ。


 やっと諦めたのか。


 と思いスプーンを持ってオムライスを食べようとした刹那、優月が目を細めるのが目に入った。


「周、まさか私が食べさせて欲しいの?」

「いきなり何言ってるんだ」

「私が食べさせて欲しいんでしょ」


 こいつ、一体何言ってるんだ。ただ食べたいないんだってさっきから言ってるのに。


「そういうんじゃないから、

「は〜あ、仕方ないわね」


 優月がフォークを手にした。そしてナポリタンを一口サイズで巻き始めた。


「この私が特別食べさせてやるから、光栄に思って」

「いや、要らないってば」


 あまり食べたくない。なのに俺の声が聞こえなにのか、優月はパスタをくるくる巻くだけだった。そしてそれを俺に差し出した。


「何してんだ」

「あ〜んして。食べさせてやるから」

「だから俺は食べたくないんだってば」

「それでも食べて。可愛い彼女が食べさせてやってるだろ」


 優月がパスタを巻いたフォークを俺の前に差し出した。俺はフォークをじっと見つめた。


「もしかしてこれも恋人が普通にやることなの?」

「多分? そうじゃないかな。ドラマで見た覚えがある」

「そう? じゃあ」


 仕方ない。ちゃんと恋人ふりしないと。


「さあ早く、あ〜ん」


 そう言いながら、優月がナポリタンを差し出した。彼女と(偽りで)付き合うことにした以上、俺はやむを得ず彼女の言うことに従うしかなかった。

 俺は何気なく顔を突き出して、優月が差し出したパスタを口に入れた。

 弾力のなる麺にソースがよく染み込まれていて、奥深いがした。


「どう? 美味しいでしょ?」

「うん、美味しい」

「だろう?」


 優月はニコニコ微笑んだ。


「なんでそのナポリタンがそんなに美味しいんかわかる?」

「調理した人の腕が上手いからじゃない?」

「ブッブー違うよ」


 優月が腕でXを作った。


「じゃあ正解はなんだ」

「彼女である私が食べさせてやったから美味しいのよ」

「なんだ、その根拠のない理由は」


 食べ物の味は、調理方法や調理する人の腕で決まるものであり、食べさせる相手によって左右されるもんじゃない。


 これを優月に言ったら、彼女は呆れた表情をした。


「真面目すぎだよ。こういう時はただそうだな、と返しせばいいのよ」

「そっか。でも味は食べさせる相手によって」

「そうだなって返せていいっつって」

「・・・わかった」

「あとそれ知ってる?」


 優月がナポリタンが巻いたフォークを口に運んだ。


「私たち今間接キスしたわ


 優月がフォークを口に咥えたまま、ニヤニヤした。


「どう? ちょっとキュンとした?」

「・・・・・・」


 俺は何も言わず、優月をじっと見つめた。


「何よ、その反応は。面白くないね。なんか言ってよ」

「・・・・・・」

「あ、それともこんなに可愛い彼女と間接キスしたのが嬉しすぎて言葉が出ないってこと?」

「いや、それが」

「まあ無理もないね。ああ、私ってなんでこんなに可愛いんだ。可愛すぎて困るわ」


 優月が自分の頬へ手を当ててため息をついた。

 すっと黙って優月を見ていた俺は、静かに口を開いた。


「間接キスくらい普通だろ」

「・・・え?」

「なんで間接キスくらいで恥ずかしがったり、キュンとしたりするんだ」

「いやぁ、だって唾液が」

「本当にキスしたわけでもないし、ただ同じフォークで食べただけだろ。そんなのでキュンとするのは意識しすぎだと思う」

「・・・・・・」


 優月の手からフォークが落ちた。幸いテーブルに落ちて新しいフォークをお願いする必要はなかった。


「優月?」

「・・・・・・」


 優月を呼んだのに、なんの反応もないのは今回が初めてだった。


 なんか普段と雰囲気が違うような・・・。俺、なんか言い間違った?


 急に不安になってきた。優月はなんの反応もなく、俯いていたので、もっと不安だった。こういう時はどうするべきか、俺の浅い知識ではわからなかった。そうして怖い静寂の中、突然優月がフォークを取り、ものすごい勢いでナポリタンを食い始めた。


「ゆ優月? 急に早食いすると」

「周!」


 優月が喉に力を入れて言った。忙しげに動いていた優月の手が止まった。ちょっとビビった。


「今すーっごく恥ずかしから話しかけないで」


 恥ずかしいだと? 何が?


 理解できなかったが、補足説明はなかった。そう言った優月はまたものすごい勢いでナポリタンを貪り始めた。そうしてもの早いスピードで皿が空になり、やがて皿は空っぽになった。しかしこれで終わりじゃないかのように、優月はメニューを見ながら店員さんを呼んだ。


「すいません、プリンとミルクティーお願いします」

「はい、プリンとミルティーですね。ご注文は以上でよろしいですか」


 なんとなく俺を見て言っているような気がした。俺は慌ててメニューを手にした。


「俺は・・・コーヒーでお願いします」

「はい、プリン一個、ミルクティー、コーヒーでよろしいでしょうか」

「すいません、プリン二個でお願いします」

「はい、わかりました。少々お待ちください」


 店員さんが去った後、俺と優月の間にはまた気まずい静寂が流れた。最初この店に入ったときは、優月が先に話しかけてくれてある程度やり取りができたが、まだ恥ずかしいのか店員さんが去ってからずっと窓の外を眺めていた。

 なんの会話もなく、静かにデザートが出るのを待っていた。


「お待たせいたしました。ご注文のコーヒーとミルクティーとプリンです」


 店員さんがデザートを持ってきた。俺の前にはコーヒーカップが一つ置かれ、優月の前にはミルクティーとプリンが二個が置かれた。


「周、これ食べて」


 急に優月が静かにプリン一個を俺の前に押した。


「ん? どうしてこれを俺に」

「これ周の分だから」

「でも俺はプリン頼んだことない」

「二個頼んだから、一個は当然周のに決まってるじゃん。まさか私が二個を全部食べる食いしん坊だと思った?」

「それが・・・」

「まさか本当にそう思ってたの?」

「食いしん坊まではないけど・・・」


 だってナポリタン量がやばかったから。しかも俺のオムライスまで欲しがったし、プリンも二個頼んだから、食べるの大好きだな、とは思ってた。

 でもそう思ってたこと自体に拗ねたのか、優月は口を尖らせた。


「女の子にひどい」

「ごめん」

「じゃあこのプリン食べなさい」


 優月がスプーンを渡した。そして自分のスプーンを持ってすぐプリンを一口食った。


「ううむ〜、やっぱ美味しい」


 さっき拗ねたとは思えないほど、幸せそうな顔をした。


 これがそんなに美味しいんか。


「周、何してんだ。早く食べてみて。甘くて柔らかくてガチで美味しいよ」

「わかった」


 プリン食べて気持ちよくなった優月が、浮かれたように俺を催促した。

 俺は彼女のせかしに、スプーンを手に取り、プリンをすくって口に入れた。

お読みいただいてありがとうございます。

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