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第2話 一緒に食べる

 ハルが呆れ表情で俺を見た。


「あんた優月を知らない? 白井優月、うちの学校で最も可愛い子、すーっごく有名なんだけど、知らない?」

「白井優月・・・・・・」

「灰色髪に芸能人並みに可愛い子。学校で優月を知らない人はいないよ」

「・・・あ、思い出した」


 昨日のあの子の名前が白井優月だった。


「であの子が何」

「今学校であんたと優月が付き合ってるって大騒ぎだよ。あれただの噂ね? だってあんたがあの優月と付き合うなんてありえないじゃん」

「いや、本当。俺、あの白井さん?と付き合ってるうんだが」


 もちろんフリだけど。これは言わない方がいいだろう。

 しかしこれを知るはずのないハルは目を丸くした。


「マジで?! あんたが? 優月ちゃんと?」

「うん」

「じょ、冗談はやめて。あんたさっきまで優月の名前も知らなかったじゃん。彼女なのに名前も知らないのは絶対可笑しい」

「俺が名前覚えるの苦手なの知ってるだろ」

「いくらなんでも彼女の名前を忘れる?」

「まあ俺だからな」


 俺の答えに、ハルは呆れたようにため息を吐いた。


「あんたは他人(ひと)に関心がなさすぎて問題だよ」

「はいはい、わかってます。用事はそれだけか。俺もう入りたいけど」

「いつからなの」


 教室に入ろうとした瞬間、ハルが聞いた。ハルの声がいつもよりちょっと低かった。しかも冷たい視線を送っていた。


 キレたのか。


 十年以上ハルと知り合った俺にはわかる。あの表情は、何か気に入らないことや嫌なことがある時にハルがよくする表情だった。


「いつから優月ちゃんと付き合った」

「昨日から」

「なんで私に言ってなかった」

「だって君が聞いてなかったから。あとわざわざ君に言う必要ないだろ」

「でも私たち友達じゃん。もし私に彼氏できたら周だって気になるでしょ」

「いや、全然興味ないが」

「そそんな・・・」


 ハルはショックを受けた顔で小声で呟いだ。


「マジで最低だね。もし私に彼氏できてもあんなにだけは絶対言ってあげないから」

「好きにしろ」

「ううう、お前とは絶交だから」


 ハルが悔しげに大声を上げた。


 これで八十九番目の絶交か。


 昔からハルが口癖みたいに言っていたので、全然気にしなかった。


「今回はマジだから。これからあんたと会っても知らないふりするんだから」

「はいはい、お好きにしなさい」


 俺はハルの言葉を聞き流しながら教室のドアに手を伸ばした。


 朝のホームルームまでちょっとだけ寝よう


 と思いながら教室のドアを開いた瞬間、ザワザワした教室が急に静かになった。普段なら俺が入っても誰も関心なかったはずなのに、今はみんなの目線が俺に揃っていた。


「なんかいつもと空気が違うような」

「おい、細川」


 席に座っていた男子一人が立ちながら俺を呼んだ。

 あの子の名前なんだっけ・・・。


「あれ本当か」

「あれって?」

「白井さんと付き合ってる噂。あれ本当か」

「白井さんなら」


 さっきハルが言ってた優月だから。


「うん、本当なんだ」

「「「「「えええええぇえ!?」」」」」


 俺の答えにクラスのみんなが驚いて一斉に大声を上げた。そうして急にみんな席から立ち上がって俺の前に寄ってたかった。


「本当なの? 本当に白井さんと付き合ってるの?」

「いつから? いつから付き合った?」

「まさか細川が白井さんと付き合うなんて夢にも思わなかったよ」

「誰が告白したの?」


 俺を囲んだ数え切れない質問攻めに、俺はドアを閉じてしまった。それでも相変わらず教室の中はザワザワしていた。俺はハルに顔を向けて助けを求める眼差しを送った。


「あら、どちら様ですか。

「ちょちょっと、ハル!」


 ハルは俺を知らないふりして俺から背を向けた。どんどん遠ざかっていくハルを呼び続けたが、彼女は振り向かず自分のクラスへ入ってしまった。


「これ・・・どうやって入るんだ」


 教室に入ると、質問攻めが俺を待っているに間違いなかった。

 結局俺は教室のドアの前でにっちもさっちも行かないまま立ち尽くしていた。幸い先生がいらっしゃったからは教室が静かになったので、無事に入ることができた。


******


 その後も、俺を見てこそこそ話す声が絶えず耳に入ってきた。休み時間も、ちょっとトイレ行ってきた時も、どこにいても俺が白井さんと付き合っているという噂話が飛び交っていた。


 別に気にしてるわけじゃないけど。


 勝手に他人に話されるのは別に気にしなかった。正確には関心なかった。誰が俺のことなんと言っても、興味なかった。

 でも、わざわざ俺のところに来て直接聞いてくるのは、話が別だった。


「細川、ガチで付き合ってるの? 白井と?」

「うん」

「ガチで?! いつから?! 誰が告白した?」


 休み時間になると、少なくとも五回はこういう質問をしまくってきた。質問を避けてトイレに逃げようとしたこともあるが、廊下で「マジで白井さんと付き合ってるか」と聞かれるだけだった。

 そのたびに相手するのがすごく面倒くさかった。なんで白井さんが告白を振るのが面倒くさくて偽装彼氏を作ろうとしたのか、自然に理解できるほどだった。


 結局休み時間にちゃんと休めないまま、昼休みになった。俺はたくさんの生徒たちを相手したせいで費やしたエネルギーを補うために、パンでも買おうと席を立った。購買へ向かう途中にも、私をチラチラ見ながらこそこそ話す生徒が多かった。だから早く教室へ戻るため、購買で適当に手に取ったパンを買った。それから教室へ戻る途中、ちょうど教室の前を通りかかっていた白井さんと偶然出会った。


「あ、細川くん、やっほ〜。どこ行ってきた?」

「ちょっとパン買いに購買に」

「そっか。じゃ美味しく食べてね〜」

「うん」


 そんな普通の会話を交わして教室へ入ろうと瞬間、白井さんの友達に見える生徒たちが俺に声をかけてきた。


「なになに、優月の彼氏?」

「あなたが細川くんだね。よろしく〜」

「うん? あ、うん」


 白井さんの友達がまるで動物園の動物を見るように不思議そうに見つめた。


「優月ちゃんに彼氏ができるなんて、想像もしなかったわ」

「あんたたちもうやめてね。細川くんが困ってるじゃん」

「どころでさ、優月、大丈夫?」

「何が?」

「いや、だって彼氏だろ? あたしたちより彼氏と一緒に食べる方が良くない?」

「確かにそうだね。今日は彼氏と一緒に食べてよ」

「え、いや、私は」

「大丈夫、大丈夫。優月ちゃんだって彼氏と一緒に食べたいじゃん。一緒に食べてよ」

「そ、そうだな、一緒に食べたいなぁ、はは」


 どう見ても一緒に食べたくなさそうだけど。


「でも今日はあんたたちと先約があるから、細川くんとは今度」

「あたしたちは気にしないで。彼氏と一緒に食べてきなよ」

「いや、マジでいいんだけど」

「細川くんもそっち方がいいよね?」

「当たり前なこと聞くなよ。彼氏なんだから、優月と一緒に食べたがるのは当然でしょ」


 そうなのかな。俺は一人で食べる方が気楽なんだけど。でも、ここで断ったら怪しまれそうだし・・・、どうすればいいんだ。

 苦悩しているところ、グループの中に立っているハルが見えた。俺はハルになんとかしてくれと助けの合図を送ったが、ハルはぷいっとした。


 お前まさか朝のことでまだ拗ねてるの!?


 俺が一体何をしたかわからないが、ハルにそっぽを向かれる。


「優月、私たちはいいから、彼氏と二人っきりの時間を過ごしてきてね」

「い、いや、私は」


 白井さんが友達に背中を押されて俺の前にきた。


「じゃあ二人で美味しく食べてね〜。私たちはもう行くよ」

「いや、ちょっと・・・」

「どうだったか、あとで話してくれ。楽しみしてるから」


 白井さんが友達を呼んだが、声が届かなかったのか、聞こえないふりをしたのか、誰も振り返らずに立ち去った。

 あ、一人、たった一人が振り向いた。ハルが振り向いて俺にベーッと舌を出した。


 あのやろ・・・。


「いいって言ってたのに・・・・・・」


 白井さんが低い声で独り言を言った。


「はあ、チッ、大丈夫っつってたのに。なんで余計なことを。こうなったの仕方ない。行こう細川くん」

「どこへ?」

「ご飯食べに決まってるでしょ」

「え、マジで一緒に食べる気なの? 友達ももう行ったし別々で食べても良くない?」

「それじゃ後で「どうだった」と聞かれたら困るでしょ。あと周りを見て」


 白井さんが小声で囁いた。


「こんなに見られてるのに、ここで別れたら百パーセント疑われる。今は嫌でも一緒に食べないと」


 俺は一人で食べる方が気楽だけど・・・でも付き合うふりをするって言ってたから、真面目にやらないと。


「わかった。ってどこで食べる?」

「それは私に任せて。いいとことこ知ってるから」


 白井さんがニヤッと笑い、先頭に立って歩いていった。


 一体どこへ行くんだろう。


 俺は行き先がわからないまま、一旦白井さんの後について行った。

お読みいただいてありがとうございます。

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