第11話 今更?
今更?
優月に聞かれて真っ先に浮かんだ考えだった。今更俺が使ったストローに口をつけていいって聞く必要ある? 昼間までは、自分から「今間接キスしちゃった」なんて言っていたくせに。なのに、なんであんなに顔を赤らめて聞いてくるんだろう。今更恥ずかしくなったのか。
理解できない点が多かったが、まずは返事を待ってる優月に返事するのが先だった。
「ストローで飲んでもいい」
「ありがとう」
優月は恥ずかしげに顔を少し赤らめながら、俺が使ったストローに口をつけてドリンクを飲んだ。そしてドリンクが彼女の口に入った瞬間、びっくりしたように目を見開いた。
「うっま! なにこれ。めちゃくちゃうまいじゃん」
優月が目をきらめかせた。
「周、私のと変える? 周が私のイチゴフラペチーノ飲んで、私がこれ飲むから」
優月が自分のイチゴフラペチーノを俺に差し出した。
そんなに美味しいのか。
俺はまあイチゴでも桃でも、どっちでも構わなかったから、交換することにした。
俺は優月が手渡したイチゴフラペチーノを手にして一口飲んだ。
「え、ちょっと」
優月が慌てて俺を呼んだ。びっくりした俺はストローから口を離し、夕月を見つめた。
「突然どうした」
「それ私のストロー・・・」
あ、そういうことか」
「今更間接キスとか気にするの? 別にいいじゃない。どうせ優月も俺のストローで飲んでたし」
「それはそうだけど」
「なんでそこまで間接キスを恥ずかしく思うんだ。ただ同じストローで飲むだけだろ」
「だって、男子との間接キス初めてなんだから」
優月は恥ずかしげにそっと目を避けて小声で呟いた。
「女子同士にはよくやるから気にしないけど、男子との間接キスはやったことないんだもん。こうして男子と二人きりでデートするのも初めてだし」
「そう、だったか」
これはちょっと意外すぎて驚いた。
昨日、優月と付き合ってるって噂で学校があんなに大騒ぎになったから、学校で有名で人気者なのは確かだが、デートとか間接キスとか俺とやるのが初めてだとは。ちょっと意外だった。
「しかしお昼には、優月が先に言い出したんだろ、今間接キスしたって。なのに、なんで急に恥ずかしがってるの」
「あの時は強がってただけなの。周の反応、面白そうだったから。でもいざ実際やってみたらめっちゃ恥ずかしかったんだもん! しかも周の反応があまりにも素っ気なくて、さらに恥ずかしかったのよ!」
「なんか、ごめん」
なんで謝ったかわからないが、なんか俺が悪かった雰囲気だったので、一旦謝った。
優月がぷりぷりしながらドリンクのストローを口につけた。
「ちょっと、そのストロー俺が使ってたやつ」
「もーいいの。もはや周が私ので飲んちゃったから、替えても意味ないじゃん」
そう言って、優月はドリンクをチューチューと飲んだ。その間も、恥ずかしいのか頬が少し赤くなっていた。
そして、優月がドリンクをテーブルに置いたのを起点に、俺たちの間には気まずい沈黙が流れた。
友達同士できている人たちも、恋人っぽく見える人たちも、楽しそうにおしゃべりをしていたが、俺たちはまるで知らない人のように黙っていた。
その気まずい沈黙の中、俺はドリンクを一口飲んだ。
優月はスマホを見ていて、俺は会話を始めようとする意志すらなかった。そもそも優月に聞きたいこともなかったし、会話のネタもなかった。
こうしてなにもしないまま、無駄に時間を費やしていた中、優月が静かに口を開いた。
「映画、どうだった」
相変わらず手にはスマホを持っていたが、彼女の瞳はこっそりこっちを見ていた。
「面白かった?」
「あ、それが」
面白かったと聞かれたら・・・。
「まあまあだった」
「へぇ、素直だね」
優月がスマホをテーブルに置きながら相槌を打った。
「私には聞かないの? 映画どうだった、って」
「うん」
「なんで」
「だって、君は映画上映中ずっと寝てただろ」
「・・・!!」
優月の顔がたちまち赤くなった。皮膚が真っ白からか、赤くなると他の人よりずっと赤く見えた。
「わわ私寝てないよ。映画、ささ最後まで観たから」
「そう? じゃあ映画の最後のセリフは?」
「そ、それは」
「ラストシーンは?」
「・・・・・・」
優月は答えに窮した。
「ほら、答えられないじゃん」
「さ最後にちょっと寝ただけよ。最初はちゃんと観たから」
「じゃあ、ヒーローとヒロインが初めてキスしたシーンは?」
「・・・公園?」
「違う。ビルの屋上だ」
「・・・・・・」
優月は恥ずかしいのか、なにも言わずにドリンクを飲んだ。
俺は優月がドリンクをテーブルに置くまで待って、また彼女に聞いた。
「優月はこの映画、本当に見たかった?」
「どういうこと?」
「最初は優月がこの映画見たがってたと思ったんだが、後でれん・・・あ、名前なんだっけ」
「蓮太郎くん?」
「あ、そう。蓮太郎たちが観る映画のポスターを見て「面白そう」って呟いただろ。だから、俺たちが観た映画より、そっちの映画を観たかったんじゃないかなと思って」
「えー、なになに。やっと私のことちょっと興味できや? 付き合ってから初めて私についての質問をしたね」
「そうだった?」
言われてみればそうだった気がした。・・・いや、今そういうのはどうでもいいだろ。
「それで、優月が観たかった映画はどっちだ」
「ふーむ、私が観たかった映画、か」
優月は小さく呟いた。そしてしばらく考え込んだ後、すぐに口を開いた。
「当然私たちが観た映画だよ。周、まさか私があんな乱暴な映画を好きだと思った? さっき鈴ちゃんも言ってたけど、私はロマンス映画が好きだよ」
「じゃ映画のポスターを見て「面白そう」と言ってたのはなに」
「さあ、なんだったんだろう」
優月がイタズラっぽく笑った。
「まあ空耳じゃないかな。それとも
「君、それで誤魔化すつもりなら」
「あ、ごめん。私そろそろ帰らないと。家から連絡が来てさ」
優月がスマホをトートバックに入れた。
「本来なら夕飯まで食べるまでが計画だったけど、まあいいっか。計画はとっくに崩れたから」
そう言って優月は残りのドンリクをゴクゴクと飲み干した。俺も残りわずかなドリンクを一気に飲み干した。
「じゃあもう帰ろっか。周」
俺は答えの代わりに首を縦に振った。そして俺たちは席から立ち、トレーを戻し、カフェーを出た。カフェーを出ると、優月がなにも言わずに手を差し出した。今はこれがどういう意味か言わなくてもわかっていたので、俺は素直に彼女の手を繋いだ。
俺たちは恋人繋ぎをして、駅へ向かい、電車に乗った。
幸いにまだラッシュアワーではなかったので、電車内に人が混んではなかったが、だからといって少ないわけではなかった。座る席がないか見回っていたところ、一席空いているのが見えた。
「優月、そこに座って」
「え、それでもいい? 優しいね。ありがとう」
優月が空き席に行って座った。俺は彼女の前に立ってつり革を掴んだ。
電車が出発音と共に動き出した。俺はこけらないようにもっと強くつり革を掴んだ。そして電車の窓からの風景をぼーっと眺めていた。
そういえば優月、静かだな。
優月らしくなく無口だった。俺はそっと俯いて優月を見つめた。席に座った優月は少し俯いたまま寝ていた。
ずいぶん疲れたみたい。
映画館でもそうだったし、昨日夜遅くまで起きていたみたいだ。
「あんな風に寝たら首が痛くなるのに」
そんなこと考えていたところ、優月の隣の人が席から立ち上がった。俺はすぐその席に座った。そして間も無く電車は駅に止まった。
「え、なに。ここどこ」
目が覚めた優月が半分だけ目を開いて電車の中をキョロキョロしていた。
「あら、周、いつここに座ったの」
「さっき」
「ここどこ?」
「まだ着いてない。もっと寝て。着いたら起こしてやるから」
「いや、そんなわけでは」
言いながら優月はまた眠ついた。
電車がフラフラするたびに、優月も一緒にフラフラした。そして左右にフラフラしていた優月の頭が俺の右肩の上に定着した。
重い・・・。
そういえば、どこかの本で見たことある。人間の頭は体重の約十パーセントくらいだった。
また電車がフラフラすると、優月の頭も一緒に揺れて俺の肩から落ちそうになっていた。俺は優月の頭を支えて、俺の肩の上に定着させた。
こうしないと、後で首痛いから、俺が我慢しよう。
こうして優月は俺の肩にもたれてぐっすり寝た。
電車は駅を通り、やがて俺たちが降りる駅に着いた。俺は優月をそっと揺すって起こした。
「優月、起きて。もう着いた」
「うう、もう?」
優月が目をこすりながら起きた。まだ眠そうでぼんやりしていた。俺はそんな彼女の手を握って席から立たせた。そして俺たちは電車を降り、改札を出てそのまま駅の外へ出た。そうしているうちに、完全に目が覚めた優月が俺の前で立ち止まった。
「ああ、着いた。周は今日どうだった? 楽しかった?」
優月が後手を組んで聞いてきた。
楽しかった、か。正直に言って、これがデートが友達との待ち合わせとなにが違うのかまだわからないが、楽しかったのは確かだった。
「うん。楽しかった」
「それはよかったね」
優月がニッと笑った。
「じゃここでバイバイしようか。私、寄るところがあるんだ」
優月が右側を指さしながら言った。住宅街とは反対方向だった。
俺はただ首を縦に降った。
「じゃあ、また学校で会おう」
「うん」
優月が俺に手を振った。俺は遠ざかっていく優月に手を振った。
こうやって俺たちの初デートが終わった。