第九十話 教師の理屈と兄ィズの情熱、激突!
秋も深まり、学園の中庭には赤や金の落ち葉が舞っていた。午後の授業を終え、アリアが友人たちと笑いながら談笑する光景を、校舎の窓からそっと見下ろす兄ィズ――レオンとノア。いつも通り過保護な彼らの目は、まるでその一瞬も見逃すまいとするように光っていた。
「今日は……少し静かすぎるな。」
レオンが肩越しに呟くと、ノアも頷き、二人の視線は自然とアリアへと集中する。
だが、今日は違った。学園中に「兄ィズによる過剰護衛」の噂が広まりつつあり、教師陣も黙って見ているわけにはいかない。
その先頭に立つのは、アリアの担任である マクシミリアン先生 だ。
「……君たち、また何をやらかしているんだ。」
中庭に姿を現したマクシミリアン先生の目は、静かだが鋭い光を放っていた。
「先生、今日はただ……アリアを守っているだけです」
レオンが真面目な顔で返す。
「そうだ。危険がないとは限らないからな」
ノアも説明を重ねる。しかし、その説明が逆に彼らの過剰護衛ぶりを浮き彫りにしてしまう。
「“守る”と“監視”は別物だ。君たちはもう生徒の活動を妨害している!」
マクシミリアン先生は腕を組み、理知的に指摘する。だが、兄ィズは譲らない。
「しかし、アリアは私たちの妹です。危険があれば放っておけません!」
「理屈ではわかりますが、だからといって学園の秩序を乱す権利はないのです」
教室の窓越しに見守っていた他の生徒たちも、二人の対立に息を飲む。
◆
小さな事件がきっかけだった。クラスメイトの一人がリスのような小動物にお弁当を取られ、騒ぎが起きたのだ。
その声を聞きつけ、兄ィズは一目散に駆けつけ、華麗なる“過剰護衛アクション”を展開していた。
魔法で空中を駆けるレオン、ノアは書類と魔法の監視装置を巧みに操作し、小動物を追い払い、さらには周囲の安全確認まで同時進行。
まるで戦場の指揮官のように二人は動くが、アリアの友人たちは呆れ顔と歓声を交互にあげる。
「す、すごい……!」
「これって……護衛っていうより、演出過剰!」
友人たちの反応に、兄ィズは嬉しそうに胸を張る。だが、それは同時に学園内での秩序の乱れを招くものだった。
◆
マクシミリアン先生は静かに深呼吸し、次の一手を考える。
(彼らの行動は理に適っている……しかし、理屈だけで片付けられるものではない)
そして決断する。
「わかりました。レオン、ノア。今日は、君たちに私が直接ぶつかる」
その言葉に兄ィズの瞳が輝いた。いつもならアリアを守ることに全力を注ぐ彼らが、教師に向き合うことをまるで戦場に赴くような表情で構えたのだ。
「――先生、私たちは退きません」
「兄ィズ様の情熱は理解しています。だが、それは学校の規則を超えるものではないのです」
マクシミリアン先生は冷静に諭す。だが、兄ィズは一歩も引かない。
二人と一人の、静かな緊張が中庭に張り詰める。その空気は、生徒たちの視線を引き寄せ、さながら舞台の幕が開くかのようだった。
◆
しかし、事件の中心であるアリアは、兄たちの“戦闘準備モード”を見て思わず笑みを浮かべる。
(……やっぱり、兄さまたちはこうでなくちゃ)
だが、マクシミリアン先生の目は鋭い。授業や学園の秩序を守る責任感が、今、兄ィズの情熱と真正面でぶつかろうとしていた。
「君たちは妹を守るために全力を尽くしている――しかし、過剰すぎる!」
「その気持ちは痛いほどわかります。でも、理屈の前に感情を優先しすぎです!」
二人の主張と先生の理論が激しく交差し、まるで嵐のようなやり取りが展開される。
生徒たちは息をのむ。友人たちは目を丸くし、アリアは手を胸に当ててその光景を見守った。
兄ィズは教師の制止を一瞬無視して、空中で華麗な回避動作を見せ、リスの追跡の際に使った魔法を見せつける。その姿は、誰が見ても“全力で妹を守る兄”であり、同時に学園内での騒ぎを引き起こす存在でもあった。
◆
「もう……!」
マクシミリアン先生は頭を抱えながらも、一歩一歩兄たちに近づく。
その歩みには理性と責任感が滲むが、兄ィズは感情のままに突き進む。
「……これ以上は生徒に危害が及ぶかもしれません!」
「……わかっています、先生。しかし、私たちは妹を――!」
この対立は、中庭の空気を震わせるほど激しく、どこか滑稽でもあった。誰もが息を呑む中、アリアは微笑みながら呟く。
(……やっぱり、兄さまたちは頼もしいのね)
教師の理論と兄ィズの情熱。理性と感情。秩序と保護。すべてがぶつかり合う中庭で、物語は次の展開へと続いていく。




