第八十九話 学園大論争!? ウォッチ隊、男女分裂の危機!
昼下がりの学園中庭。
アリアは読書をしていたが、その背後で繰り広げられている「兄ィズファンクラブ会議」に気づくことはなかった。
——問題は、ウォッチ隊である。
元々「アリア嬢を守る兄さまたちを応援する!」という目的で女子生徒たちが作った秘密(?)組織。ところが最近、男子生徒陣が妙なことを言い出した。
「俺たちは決めた! アリア嬢を兄ィズ様たちから解放する!」
「そうだそうだ! あれは保護を通り越して監禁に近い!」
男子派の主張はシンプルだった。
アリア本人は優しいのに、兄ィズが過保護すぎる。よって「守る」対象はアリア嬢本人ではなく、「兄ィズの干渉」から彼女を救うべきだと。
だが当然、女子派が黙っていなかった。
「何言ってるのよ! 兄ィズ様はアリア嬢を愛しておられるの! その忠義を讃えるのがウォッチ隊でしょうが!」
「そうよ! アリア嬢の平穏は兄ィズ様のご尽力あってこそ! あなたたち男子に何が分かるの!」
こうして「兄ィズ支持女子派」対「アリア解放男子派」という、奇妙な派閥争いが勃発してしまったのだ。
◆教師、介入す
「君たち! そこまでだ!」
雷鳴のごとき声が響き渡る。
登場したのは、アリアの担任 マクシミリアン先生。背筋をぴんと伸ばし、鋭い眼差しで生徒たちを見回す。
「一体これはどういう騒ぎだ。授業時間ではないとはいえ、学園の秩序を乱すことは許されん!」
「せ、先生! 男子派が勝手に解放だのと言い出したんです!」
「違います! 女子派が盲目的に兄ィズ崇拝を押しつけるからだ!」
互いに一歩も譲らぬ両派閥。
マクシミリアン先生は額を押さえ、深いため息をついた。
(……また兄ィズ絡みか。いや、毎回そうだな。なぜ私はアリア嬢の担任になってしまったのだろう)
内心の愚痴を隠しつつも、先生は毅然とした声を張り上げた。
「どちらの意見にも一理はある。しかし、このように学園を二分するような争いを続けることは断じて許されない!」
◆さらなるドタバタ
「でも先生!」女子派が叫ぶ。
「もし兄ィズ様を侮辱するようなことがあれば、アリア嬢の心が傷つきます!」
「違う!」男子派も負けじと叫ぶ。
「アリア嬢は兄ィズの庇護の外でこそ羽ばたけるんです! 先生だって彼女が廊下を一人で歩いてる姿、見たいでしょう!?」
「な、なぜ私に振る!?」
マクシミリアン先生は両手をぶんぶん振って否定した。
だがその一言が、両派をさらに焚きつけてしまう。
「ほら! 先生も本音ではそう思ってる!」
「何を勝手に! 先生は理性的な方よ!」
「どっちなんですか先生!!!」
数十の瞳が一斉に突き刺さる。
マクシミリアン先生は凍りついた。
(……これはもはや授業どころではないな)
◆論争の泥沼
翌日。学園講堂を貸し切っての「緊急討論会」が開催されてしまった。
発案者はもちろんウォッチ隊の面々である。
「議題! 兄ィズ様支持か、アリア嬢解放か!」
「まずは開会の挨拶を先生から!」
マクシミリアン先生は壇上に立たされ、開口一番こう言った。
「私は無関係だぁぁ!」
——が、拍手喝采。
「無関係……それはつまり公平だということですね!」
「先生が裁定者になってくださる!」
「いや、違うと言っているだろう!」
先生の声はかき消され、討論会はスタートしてしまう。
◆討論は混沌へ
女子派代表が熱弁する。
「兄ィズ様がどれほどアリア嬢のために努力されているか! 授業参観のとき、窓から落ちそうになったアリア嬢を、兄ィズ様は三階から飛び降りて救ったのよ!」
「それは過剰保護だ!」男子派が応酬する。
「飛び降りた兄ィズ様の方が危険だった! 結局アリア嬢は驚いて泣いてただろ!」
拍手とブーイングが交互に起こり、会場は体育祭さながらの熱気に包まれる。
マクシミリアン先生は、もはや司会者のようにマイクを握らされ、混乱する討論を必死に制御していた。
「順番を守れ! 君たち、机に登るな! 椅子を投げるな!」
◆クライマックス
ついには女子派と男子派が壇上に乱入し、真っ向から口論を始めてしまう。
「兄ィズ様こそ至高!」
「アリア嬢の自由こそ至上!」
もはや収拾不能。
マクシミリアン先生は頭を抱え、叫んだ。
「アリア嬢本人の意見を聞けばいいだろうがああああ!!!」
——その瞬間、講堂の扉が静かに開く。
入ってきたのは当の本人、アリアであった。
「え……みなさん、なにをなさっているんですか?」
沈黙。
女子派も男子派も凍りつき、マクシミリアン先生だけががっくりと膝をついた。
(ようやく……終わった……)
◆結末
結局、アリアのひとこと——
「私は兄さまたちも、みなさんも大好きです。だから、争わないでください」
——で決着がついた。
女子派も男子派も涙ながらに和解。握手を交わし、討論会は感動的(?)な幕引きを迎えたのだった。
だが。
マクシミリアン先生の心の中には、深い疲労と一つの確信が残った。
(……私の胃が先に壊れるか、兄ィズ様が折れるか……どちらが早いだろうな)
そんな教師の嘆きなど露知らず、今日も兄ィズ劇場とウォッチ隊の暴走は続いていくのであった。




