第八十六話 ウォッチ隊が勝手に“護衛訓練”!?
――秋晴れの学園の午後。
澄んだ空に白い雲が流れ、赤や黄色に染まった木々が中庭を彩っていた。
アリアはベンチに腰掛け、本を読んでいる。今日は兄たち(レオンとノア)が珍しく学園内に姿を見せていなかった。もちろん、二人が「いない」わけではない。どこかで彼女を見張っているのは百も承知である。だが、表立って視界に現れないだけでも、アリアには少し息がしやすかった。
――ところが。
「諸君! 本日の護衛訓練を開始する!」
唐突にそんな号令が中庭に響いた。
アリアは「……え?」と顔を上げ、本を閉じる。
声の主は、彼女の友人たちが結成した「アリア・ウォッチ隊」。
先日の“お弁当リス事件”以来、アリアを守る兄たちの姿にすっかり憧れてしまった彼女の同級生たちが、勝手に作り上げた半分遊びの組織である。
しかも今日は――やたらと気合が入っていた。
「目標! アリア様を無事に昼休みの終わりまで護衛すること!」
「リスやスズメからも守るんだ!」
「もちろん不審者からも!」
アリアの友人たちは真剣な顔で木の棒を振り回したり、木の陰から警戒の目を光らせたりしている。まるで中庭全体が彼女の要塞になったようだ。
「ちょ、ちょっと待って! 大げさすぎじゃない!?」
アリアが立ち上がって止めようとするが、ウォッチ隊は熱気に包まれて耳を貸さない。
――そして、最悪なタイミングで現れるのが彼女の兄たちである。
「……アリアを囲んで棒を振り回しているのは誰だ?」
「物騒だな。訓練だと? なら我々も参加しよう」
背後から低く響く声。
振り返ると、レオンとノアが学園の石畳を踏みしめて歩み寄ってきていた。
「兄さま!? どうしてここに――」
「護衛訓練と聞いたからな」
「黙って見過ごすわけにはいかない」
きらりと光る視線。
その瞬間、ウォッチ隊の少女たちの目が一斉に輝いた。
「きゃーっ! 本物の兄さまたちだ!」
「うわ、かっこいい! 一緒に訓練してくれるんですか!?」
「はいっ、ぜひご指導を!」
――完全に巻き込まれた。
***
こうして始まった「護衛訓練」は、もはやただの学園遊びの域を超えていた。
「第一陣! アリア様の進路を確保!」
ウォッチ隊の一人が叫ぶと、数人が前方に走り、通路を両腕で封鎖する。
「第二陣! アリア様の側面をガード!」
木の棒を構えてアリアをぐるりと囲む。
「敵、来たぞ!」
何もいない通路に向かって誰かが叫ぶ。
「なにぃ!? ――おい、ノア!」
「任せろ、レオン」
バサッ、と二人の兄は外套を翻した。まるで本当に襲撃者が現れたかのように周囲をにらみ、手をかざして「魔法障壁」を展開する。
透明な防御膜がバリィンッと音を立てて輝き、中庭の一角を覆った。
もちろん何も攻撃は来ていない。だが演出は派手そのもの。
「すごい……!」
「これが本物の護衛……!」
「兄さまたち、素敵すぎる……!」
ウォッチ隊の目はハート型になっていた。
アリアは頭を抱える。
「ちょ、ちょっと! 本当に何も起きてないでしょう!? どうしてそんな全力で……!」
しかし兄たちは聞き入れない。
「アリア。油断してはいけない」
「護衛とは、平和な時こそ気を抜かないものだ」
「そうだ、ウォッチ隊! 君たちも見ていろ!」
ノアが指を鳴らすと、風魔法が一陣の突風を起こした。
枯葉が舞い上がり、空中に赤や黄色の渦を描く。
「敵襲を想定! アリアを守り抜け!」
レオンが抜剣の構えを示し、ウォッチ隊の少女たちも木の棒を構えて一斉に叫ぶ。
「はいっ!」
――その瞬間、中庭はまるで戦場のようになった。
落ち葉が吹き荒れ、棒と棒が打ち合わされ、兄たちの演出魔法が閃光のように走る。
通りがかった教師が目を剥いて叫ぶ。
「な、なにごとだ!? 中庭で戦闘訓練か!?」
だがアリアはただ、両手で顔を覆っていた。
「……もういや。なんでこうなるの……」
***
最終的に、学園中の視線を浴びながら「護衛訓練」は終了した。
結果はもちろん――ウォッチ隊全員が兄たちの圧倒的な“過剰演出”に心を奪われて大満足。
「今日の訓練、大成功だね!」
「やっぱり兄さまたちってすごい……!」
「私たち、これからもがんばります!」
少女たちは目を輝かせ、さらに“忠実なる見守り”を誓って解散していった。
アリアはぐったりとベンチに腰を下ろし、ため息をつく。
「お願いだから……普通の昼休みを送らせて……」
しかしその横で、レオンとノアは満足げにうなずき合っていた。
「うむ。学園の生徒たちの護衛意識を高められた」
「いい訓練だったな。アリアも安心だろう」
「――安心どころか胃が痛いのよ!!」
アリアの悲鳴が、秋空にむなしく響き渡った。
――そして、ウォッチ隊の“護衛訓練”は、今後も懲りずに続いてゆくのである。




