第八十四話 アリア監視隊VS過剰護衛兄ィズ
秋の学園は、落ち葉が舞い、風も冷たさを帯び始めていた。
昼休み、中庭の長椅子では、アリアと友人たちが集まって、のんびりとパンや焼き菓子を広げている。
――しかし。
「……アリア嬢の左三十度、視線、あり!」
「正面二十歩の木陰に、また例の“ウォッチ隊”が!」
木陰に潜むのは、アリアの友人たち。例の事件(リスにお弁当を奪われ、アリア兄ィズに助けられた一件)以来、彼女の兄たちを憧れ混じりに「観察」し続けている子たちだ。
レオンとノアにとっては「不可解な監視者たち」。
「……兄上」
「わかっている、ノア。これは完全に“包囲網”だ」
表情は真剣そのもの。すでに戦場レベル。
――ここから、派手すぎる護衛劇が幕を開ける。
第一幕:盾の舞踏
アリアがパンをかじろうとした、その瞬間。
「アリア、待て!」
レオンがサッと前に立ち、懐から取り出した銀の食器をクロスさせる。
「……毒見だ」
「ちょっと! 兄さま!? ただの菓子パンですわ!」
アリアが慌てて止めるが、レオンは真剣だ。
ノアはすかさず、魔術で透明のバリアを張る。
「周囲から視線を感じる……! 矢の一本でも飛んできたらどうする」
――もちろん、そんなもの飛んでこない。飛ばしているのは友人たちの好奇の視線だけだ。
しかし兄たちは「敵の視線」と誤認。
透明なバリアに光が走る。
周囲の友人たちは「きゃぁぁ!」「またやってる!」と黄色い歓声をあげた。
第二幕:空挺護衛
午後の授業が終わり、アリアが教室を出る。
廊下を歩くだけなのに、兄たちの過剰護衛はさらにエスカレート。
「足元注意!」
レオンが素早くマントを広げて、廊下の段差に覆いをかける。
「アリア、こちらのルートを推奨する!」
ノアはまるで軍師のように進路を指定。生徒たちがギョッとして避ける。
そして――階段を降りるとき。
ノアは魔法陣を展開し、アリアの足元にふわふわの風のクッションを配置。
「転倒防止、完璧だ」
「いやいやいや! 階段ぐらい自分で降ります!」
アリアの抗議は届かない。
その様子をウォッチ隊の友人たちは息をのんで見守る。
「すごい……!」
「これが、レイフォード兄ィズの護衛術……!」
まるで英雄譚の観客のような目。
第三幕:過剰迎撃システム
放課後。
アリアが帰ろうとすると、校門前に“馬車”が横付けされていた。
普通ならば執事が御者台に座っているだけのはず。
――だが今日は違った。
「アリア! 乗車前、警戒!」
レオンが飛び降りるように馬車から出て、剣を抜いて空へ掲げる。
「警戒完了!」
ノアは馬車の上に飛び乗り、詠唱を開始。
「風よ、我が妹を害するものを排除せよ!」
突如、校門前に旋風が巻き起こる。
落ち葉が宙を舞い、生徒たちのスカートやマントが大騒ぎに揺れる。
「きゃー!」「かっこいい!!」
ウォッチ隊だけでなく、周囲の女子生徒までも悲鳴に近い歓声を上げた。
……もちろん、危険など一切ない。
でも兄たちには“脅威”が見えているのだ。
「兄さま!! やめてくださいまし!!」
アリアは真っ赤になって止めるが、聞く耳を持たない。
クライマックス:大暴走の兄ィズ
屋敷に帰宅後、アリアはぐったりと椅子に沈んだ。
「もう……学園で目立ちすぎてしまいましたわ……」
一方、兄たちは堂々と胸を張っている。
「今日も妹を完璧に護り抜いたな」
「うむ、ウォッチ隊ごときに妹の安全は脅かせぬ」
――いやいやいや。
ウォッチ隊はただの友人女子たち。妹のファンクラブみたいなものなのに。
だが兄たちにとっては、どんな存在も“潜在的脅威”。
その夜。
アリアが寝室に入ったとき、窓の外に何やら影が。
「……あら? あれは」
木の上に、レオンとノアが仁王立ちしていた。
月明かりに照らされ、剣と魔法陣を構えて――
「夜間警戒だ!」
「我らがいる限り、妹は絶対安全!」
……。
アリアは頭を抱えた。
「……兄さまたち、ほんとうに、どうしてこうなるのですか……」
だが少しだけ、心は温かい。
過剰すぎて困るけれど、それが兄たちの愛のかたち。
――こうして「アリアを見守る兄たち」と「兄たちを見守るウォッチ隊」という奇妙な構図は、ますます派手に、そして面白おかしく学園で続いていくのだった。




