第八十三話 兄ィズ、ウォッチ隊にロックオン!〜過剰護衛は止まらない〜
昼下がりの学園。
アリアは図書館で静かに勉強……のはずだった。
だが、ページをめくる指先に、わずかな違和感。
──背中が、むずむずする。
さっきから、なぜかやたらと「視線」を感じるのだ。
(……気のせい、よね?)
ちらりと振り返れば、窓の外に数人の女子。
開いた本を抱えて談笑しているように見えるが──笑いの合間に、妙にこっちをチラチラ見てくる。
しかも彼女たちは、あの昼食事件以来やたらとアリアに親しくなった友人グループだ。
もっと正確に言えば──昼食事件で颯爽と登場した兄たちに心を撃ち抜かれた、あのメンバー。
(まさか……まだ……?)
アリアは机に突っ伏して、心の中で小さくため息をついた。
一方その頃。
学園の裏通り、校門に停められた黒塗りの馬車の中。
「……ノア、気づいたか?」
「ええ。三日前から、妙な視線を感じます。しかもアリアにではなく──俺たちに」
レオンの瞳が鋭く細まる。
馬車の外の校舎を見つめ、低くつぶやいた。
「……つまり、アリアを見守る俺たちを見守る“何者か”がいる、ということだな」
「はい。観察者……いや、“ウォッチ隊”とでも呼びましょうか」
二人の間に緊張が走る。
まるで国家機密に関わる潜入者を発見したかのような空気だ。
その日、アリアは校庭のベンチでお昼を食べていた。
兄たちはもちろん、例によって適度な距離で見守り中。
そこへ、遠巻きに──例の女子友人グループが現れた。
「……あれが“対象A”(※レオン)よ」
「こっちは“対象B”(※ノア)。」
「わかってるわ!声のトーンとか仕草とか、全部メモして!」
ひそひそ声が風に乗って届く。
──レオンとノアの耳にも、もちろん届く。
(……対象A、だと……?)
(私の弟を対象B呼ばわりとは……面白い)
二人はほぼ同時にニヤリと笑った。
午後、ウォッチ隊の女子たちは、廊下の陰からひそひそ観察を続ける。
が──
「……あら? さっきまでいたはずの……」
次の瞬間。
背後から、低い声が降ってきた。
「君たち──アリアの何を見ている?」
振り返ると、すぐ後ろに立つレオン。
壁にもたれて腕を組み、笑顔なのに目は一切笑っていない。
「ついでに、俺たちの何を記録してるのかも教えてもらおうか」
ノアまで加わり、女子たちは揃って小動物のように固まった。
「え、えっと……それは……!」
「もしかして──俺たちの護衛技術に興味があるのか?」
「なら、直接講義してやる」
レオンの背後でノアが、さりげなく逃げ道を塞ぐ。
──この瞬間、ウォッチ隊は「観察者」から「観察される者」へと立場をひっくり返された。
その後。
昼下がりの中庭で、アリアは事情を聞かされて半泣きになった。
「だから……やめてって言ったのにぃ……!」
「なに、心配するな。彼女たちには“安全な観察距離”を指導しておいた」
「今後は護衛の動線を邪魔しない範囲で観察するそうだ」
兄たちはすっかり満足げ。
アリアはただ、遠くに縮こまっているウォッチ隊を見て、頭を抱えるしかなかった。
(……これ、終わらないやつだ……)




