第八十二話 「兄たち、全力でリスを追う」 ~そしてアリアの友人が別の意味で虜になるまで~
秋の学園中庭は、黄金色の落ち葉が敷き詰められ、午後の日差しが柔らかく差し込んでいた。
アリアは友人たちとベンチを囲み、手作りのお弁当を広げていた。
「今日のはカボチャのキッシュなの。お母さまが昨日焼いてくれて…あっ!」
小さく悲鳴を上げたのは、アリアの友人クラリッサ。
次の瞬間、茶色い毛玉が彼女の膝からピョンと飛び降り、両前足で抱えたキッシュを持って落ち葉の中へ一直線。
「り、リス!?」
「すごい速さだわ!」
「待ってー!」
少女たちは慌てて立ち上がったが、小さなリスは俊敏に木の根元を駆け上がっていく。
その様子に、キャーキャーと小さな騒ぎが広がった。
その瞬間――中庭の空気が変わった。
「……アリアの声だな。」
「緊急事態だ。」
学園の渡り廊下の上、二つの長身の影が同時に動いた。
レイフォード家の兄たち――長兄ノアと次兄レオンだ。
ノアは背の高い廊下の手すりを軽く飛び越え、優雅に芝生へ着地。
レオンは落ち葉を舞い上げながら反対側の階段を疾走。
二人とも、完全に「戦場へ向かう騎士」の顔である。
「アリア、無事か!」
「何があった!?」
「え、えっと……リスが、クラリッサのお弁当を…」
その説明を最後まで聞く前に、レオンは木の根元へ向かってダッシュ。
ノアはコートを翻し、周囲の生徒たちをさっと下がらせる。
「安全を確保しろ、レオン。」
「了解!」
――いや、安全って……リス相手ですよ?
しかし兄たちの動きは本気だ。
レオンは騎士団仕込みの敏捷さで木を半分まで駆け上がり、ノアは下から鋭い視線でリスの逃走経路を読む。
「上だ!」
「任せろ!」
小動物相手に完全な連携プレーである。
木の枝の上でリスが驚き、キッシュをポトリと落とす。
ノアがそれを片手で受け止め――同時に、レオンは枝の上のリスを見事に追い詰めた。
「捕獲完了。」
そう言って、レオンは両手でリスを抱え、落ち葉の上へ軽やかに着地。
「クラリッサ嬢、こちらが奪われたお弁当です。」
ノアがキッシュを差し出し、軽く一礼。
「……無事で何よりだ。」
レオンがリスをそっと芝生に放すと、リスは尻尾をふわりと揺らし、森へ消えていった。
「……」
「……」
沈黙したのは、クラリッサを含む周囲の少女たちだった。
その目は――完全にハート型。
「す、すごい……」
「王子様みたい……」
「いえ……騎士様、ですわ……!」
クラリッサは両手で胸を押さえ、ほうっと息を吐いた。
彼女の視線は、完全にノアとレオンへ固定されている。
その日から、中庭には奇妙な光景が広がるようになった。
アリアの周りに集まる友人たちの、そのまた後ろに――クラリッサを筆頭とする“兄ウォッチ隊”が控えているのだ。
昼休み、兄たちが学園に顔を出すと(※用事は大抵「妹の様子を見に来ただけ」)、ウォッチ隊は葉陰や窓辺から目を輝かせて観察。
「今、レオン様が笑った!」
「ノア様がアリア嬢にスカーフを掛けてあげたわ!」
「尊い……!」
一方、当の兄たちは――。
「……最近、アリアの周りに人が増えてないか?」
「気のせいだろう。俺たちが護衛に入るのは当然だ。」
※完全に自覚なし。
ある日、また小さな事件が起こった。
アリアが図書室で本を探していると、棚の上から古い本が崩れ落ちかけたのだ。
すかさずノアが片手で本を受け止め、レオンがアリアを庇う。
その瞬間――扉の影で見守っていたウォッチ隊の心臓は、一斉に撃ち抜かれた。
「……惚れました。」
「……二度目です。」
「……永久推しです。」
結局、兄たちは仕事よりも妹第一主義を貫き、
アリアの友人は兄たち第一主義を貫く――という妙な相互監視(?)体制が出来上がったのであった。




