第八十一話 秋深き伯爵家令息たちの「公務」!?
秋深き伯爵家令息たちの「公務」
(兄視点)
秋が深まり、レイフォード領の空気は朝晩めっきり冷え込んできた。
赤や金の葉が風に舞い、石畳の街道をゆったりと馬車が進む。
――世間の目に映る我ら兄弟は、領地を束ねる伯爵家の若き令息。
頼れる長男ノアと、その補佐役である次男レオン。
日々の公務に追われ、民のために奔走する姿は領民たちの誇りでもある。
……と、表向きはそう見えているだろう。
本当のところは――。
朝の支度
「兄上、馬車の準備は?」
「済んでいる。御者には目的地を伝えてある」
早朝、まだアリアは夢の中。
彼女の寝室の窓にかかるカーテンをそっと閉じ、朝日が差し込みすぎないよう気を配る。
領地視察の予定日だが、当然今日もアリアは学園へ向かう。
本来なら我ら兄弟は視察に専念すべきだが――
「……で、学園までの道すがら、アリアの馬車とすれ違えるよう調整は?」
「もちろんだ。御者にも“偶然を装え”と伝えてある」
そう、今日の最優先は「アリアの通学確認」だ。
領民に見られれば、我らが妹思いであることはすぐに噂になる。
[いや、領民はみんな承知である]
それを避けるため、表面上は公務の途中に偶然会ったように見せかけるのだ。
領地視察
午前の予定は領都北部の市場視察。
ノアは帳簿を開き、出店料や流通状況の報告書に目を通す。
しかしページの端には、しっかり「アリア帰宅時間予測」のメモが挟まれていた。
「兄上、この時間だと帰りに南門を通る馬車が混む可能性があります」
「……では、視察は少し早めに切り上げよう。渋滞は避けたい」
言い訳としては市場の輸送効率改善、という体で通す。
だが実際は「アリアの帰り道に遅れず合流するため」の時間調整だ。
視察中も、兄弟の耳は商人の声よりも周囲の物音に敏感だった。
もし市場にアリアが現れたら、一瞬で駆け寄れるように。
昼の執務室
昼食は領主館の執務室で、書簡と共に取る。
ノアはペンを走らせながら、レオンに低く問う。
「……学園からの連絡は?」
「問題なし。授業は滞りなく、昼食も友人と共に」
この報告、普通なら侍女の仕事である。
だがレオンは自ら学園の関係者に人を走らせ、逐一情報を得ているのだ。
「ならば午後の議会も安心して出られるな」
「ええ、もっとも……終わればすぐ屋敷へ戻りますが」
議会は領主家として欠席できない。
だが心ここにあらず、アリアの無事を確認するまで落ち着かない。
夕刻、予想外の静けさ
議会後、屋敷に戻ると、いつもなら廊下まで響くアリアの足音が聞こえない。
食堂に行けば、彼女はきちんと席について夕食を待っていた――しかし妙に静かだ。
「……兄上、今日はやけに大人しいと思いませんか」
「ああ、何かあったのでは……」
すぐに使用人を呼び、昼以降の様子を確認する。
別段変わったことはないらしい。
だが我ら兄弟は、こういう時の方がかえって危険だと心得ている。
嵐の前の静けさ、というやつだ。
晩餐と、その後
晩餐中、アリアは穏やかな笑みを浮かべていた。
だが、ふとこちらの視線が合うと、どこか探るような目になる。
「……兄上、まさか、気づかれているのでは」
「いや、こちらは仕事をしていただけだ。……表向きは」
食後、アリアが部屋へ戻るや否や、兄弟会議が始まった。
もし妹が何らかの企みを抱えているなら、早急に把握せねばならない。
「明日は公務を減らそう。午前中は彼女の学園の近くで“偶然の立ち寄り”を」
「午後は屋敷で執務だな。……執務室を廊下に近い部屋へ移す」
結局、伯爵家の業務は二の次。
全ては「アリアが今日よりも安全で笑顔でいられる」ための段取りへと変わっていく。
夜、兄弟のひとこと
夜更け、二人で領地の地図を眺めながら、明日の行程を練る。
表向きは新しい交易路の検討――しかし実際には、アリアの通学路の安全確認だ。
「……結局、今日も一日、アリア中心で動いてしまったな」
「当たり前だ。あの子がいるからこそ、この家もこの領地も回っている」
レイフォード家の兄弟は、今日もまた“仕事熱心な令息”として領民に称えられるだろう。
だがその実態は――ただの、筋金入りの妹馬鹿である。




