第七十九話 妹の平和な一日！？ なのに屋敷で始まる兄たちの大騒動！！
秋も深まるころ、レイフォード家の広大な屋敷は、色づいた樹々の葉が風に揺れ、柔らかな夕陽に染まっていた。アリア・リュミエール・レイフォードは、いつものように目を覚ます。窓の外には紅葉のグラデーションが広がり、空気は少しひんやりとしている。その日も、平和で何の変哲もない一日が始まるはずだった。
「ふわぁ……今日もいい天気だわ」アリアは柔らかく欠伸をする。
朝の洗面と軽い身支度を済ませると、父や兄たちの目を気にしながら朝食へ向かう。だが、今日はなぜか兄たちがいつもよりおとなしい。レオンは新聞に集中し、ノアは書類を片手に静かに座っている。普段なら、アリアの食事を巡ってちょっとした小競り合いや注意が飛び交うのに、今日は息をひそめたように静かだ。
「……なんだか、少し不安になるわ」アリアは小声でつぶやく。
朝食を終えると、馬車で学院へ向かう。通学路には緑豊かな並木道が続き、鳥の声や微かな風の匂いに心が和む。友達と交わす挨拶も弾み、授業も平穏に進んでいく。昼食の時間には、クラスメイトと一緒に校庭の芝生でサンドイッチを広げ、楽しい会話を弾ませた。
「ねぇアリア、今日はどんな授業だった？」友人のエマが笑顔で尋ねる。
「うーん、数学はちょっと大変だったけど、魔法薬学は面白かったわ」アリアは笑みを返す。
午後の授業も無事に終わり、アリアは学園の庭を歩きながら、どこか胸の奥に残る違和感を感じていた。何も起きず、穏やかすぎる一日に、なぜか心がざわつく。
やがて馬車で屋敷に戻ると、館内は静まり返っていた。いつもなら、兄たちの大声や奔放な行動で館内は活気づくのだが、今日は明らかに違う。レオンは書斎で静かに読書、ノアは書類整理に没頭している。執事や使用人たちも、どこか緊張した面持ちで動いていた。
「……今日はどうしたのかしら？」アリアは眉をひそめる。
そのまま夕食の晩餐の時間を迎える。広間に入ると、テーブルには豪華な料理が並んでいるのに、兄たちは無言で座っている。普段なら料理の説明や茶目っ気たっぷりの会話が飛び交うのに、今日の兄たちはまるで影のように静かだ。
「……どうしたのかしら、今日は」心の中で呟くだけで、声には出さなかった。
その瞬間、館内に小さな騒音が響く。突如として館内に響く警報のような音。兄たちは普段の静けさを脱ぎ捨て、一気に豹変した。
「アリア！ 何事もなくてよかった！」レオンが飛びつき、ノアも続いて駆け寄る。
「兄様たち……！？」アリアは驚きと戸惑いの入り混じった表情で兄たちを見上げる。
どうやら、兄たちは朝から屋敷内に潜む小さな異変や、不穏な気配を察知していたらしい。誰もそれに気づかず、静けさを保っていることに違和感を覚えた二人は、今日という日を“警戒態勢最高度”に設定していたのだ。
突然の騒動に、館内は一気に慌ただしくなる。執事や使用人たちも、兄たちの過剰な行動に振り回され、テーブルの料理が揺れ、ナプキンや食器が散乱する。アリアは思わず手で口元を押さえた。
「もう、兄さまたち！ 落ち着いて……！」
だが、レオンとノアの目は真剣そのもの。普段の冗談や茶目っ気は消え、娘の安全のために全力を注ぐ戦士のようだった。
「アリア、もし何か起きても俺たちが守る！」レオンが力強く言い、ノアも頷く。
それを見たアリアは、胸の奥に安心とともに、かすかな苦笑を覚えた。やはり、兄たちの存在は無条件の安全装置なのだと再確認した瞬間だった。
しかし、事態はそこで終わらない。兄たちが警戒の目を光らせている間に、館内では小さな騒動が連鎖的に発生した。
・料理の一部が倒れ、スープが床にこぼれる。
・火を使った料理が危うく燃え上がりそうになる。
・魔法陣を敷きすぎて、ランプが突然発光する。
アリアは、兄たちの「安全確保行動」と、屋敷内の“騒ぎ”を同時に目撃することとなる。
「もう……兄さまたち、やりすぎよ！」アリアは笑いながらも、ため息をついた。
レオンとノアはその状況を一瞬だけ見つめ、また慌ただしく動き始める。料理の補修や魔法陣の調整、照明の安全確認……。まるで嵐のように忙しく動き回る兄たちの姿に、アリアは思わず目を丸くした。
夜も深まる頃、ようやく騒動は落ち着きを見せる。アリアは静かに椅子に座り、兄たちの汗を拭いながら微笑む。
「やっぱり……前言撤回よ、兄さまたち」
つい数時間前には「少し静かすぎる」と不安に感じていたのに、今となっては、兄たちの暴走とも言える過保護ぶりに、心の底から安心していたのだ。
レオンもノアも、疲れた体を休めながら、娘のその笑顔を見て微笑む。今日の騒動は過剰だったかもしれないが、アリアの安全と笑顔を守るためには、二人の全力行動も必要だったと自覚している。
こうして、アリアの平和な一日――のはずだった日が、兄たちの過保護による大騒動に変わり果てた。だが、彼女の心には確かな温かさが残る。騒がしくも、ハチャメチャでも、そこには変わらぬ愛があった。
レイフォード家の日常は今日も続く。平和な一日と騒動は表裏一体。アリアの笑顔を守るため、兄たちの全力行動は止まることを知らないのだった。
