第七十七話 「アリア嬢と、過保護兄たちの優雅(?)なお茶会乱入事件」
――あの一件の後。
アリアはつくづく思った。
(やっぱり、兄様たちがそばにいる方が安心かもしれないわ)
つい数日前まで、彼らの過保護さに「一人にしてほしい」なんて贅沢を言っていた自分を恥じたいくらいだ。あの時は、ちょっとお買い物に出るだけで騎士団並みの警備をつけられることに息が詰まっていただけなのだ。
けれど、以前学院帰りの馬車で起きた小さなトラブルを、瞬く間に解決してくれたのは、やっぱり兄たちだった。兄弟の背中が夕陽に照らされて頼もしく見えた瞬間を、アリアは忘れられない。
そんな心境の変化があった矢先――。
「アリア嬢、ぜひこのお茶会にいらしてね」
放課後、クラスメイトのマリベルが笑顔で招待状を差し出してきた。
マリベルは侯爵家の娘で、誰に対しても分け隔てなく接する人気者だ。彼女が開くお茶会はいつも和やかで、招待状を受け取れた女子は小さく歓声をあげるのが常だった。
「まあ……嬉しいわ。ありがとう、マリベル」
アリアは自然と笑みを返す。
――が、その笑顔は、帰宅した瞬間に凍りつくことになる。
「お茶会だと?」
執務室に呼ばれたアリアは、机の向こうからじっと見下ろす長兄レオンの視線を受けた。淡い金髪と氷色の瞳を持つこの男は、妹のこととなると理性が吹き飛ぶことで有名だ。
「はい。クラスの女子だけで集まるんですって」
アリアは何気なく答える。が、その瞬間、執務室の空気がぴきりと張り詰めた。
「女子だけ……?」
隣で書類に目を通していた次兄エリックが顔を上げる。柔和な微笑みを浮かべてはいるが、声のトーンが一段低くなっていた。
「え、ええ……」
「場所は?」
「マリベル嬢の屋敷よ」
「……招待状を見せてごらん」
ノアは優しい笑みを浮かべながら、アリアの手から招待状をそっと受け取った。
「どんなお茶会なのか、兄さまたちがちゃんと確かめてあげるから」
レオンも隣から身を乗り出し、まるで宝物でも覗き込むかのように紙を覗き込む。
「そうだな。妹の大事な時間だ、しっかり安全を確認しないとな」
二人とも声は柔らかいのに、目の奥には“絶対に妹を危険に晒さない”という揺るぎない決意が見え隠れしていた。
「マリベル嬢の家……確か、最近新しい執事を雇ったと聞いたが」
「そうだな。使用人の入れ替わりが激しいという噂も耳にした」
「兄様たち、何をそんなに……」
アリアの疑問は、長兄の一言で吹き飛ぶ。
「アリア、お茶会には俺たちが同行する」
「――――」
それは、予想していた「注意して行くんだぞ」ではなく、まさかの「一緒に行く」だった。
そして当日。
アリアは馬車の中で、額を押さえていた。
「ねえ……お二人とも。あくまで女子だけのお茶会なの。男性は――」
「俺たちは庭の端で待機するだけだ」
「そうそう。顔を出さなければ問題ないだろう?」
軽く言う二人だが、その鎧の下には短剣と魔道具が隠されている。完全武装で「問題ない」と言われても説得力は皆無だった。
お茶会は、最初こそ順調だった。
庭園には白いテーブルクロスが揺れ、薔薇の香りが漂う。マリベルが紅茶を注ぎ、女子たちは笑顔で会話を弾ませていた。
……問題は、庭の端。
「レオン、あの侍女。足取りが不自然だ」
「ああ、確かに。右手の籠の中身も妙に重そうだ」
二人の兄は、遠くからアリアの様子を監視しつつ、怪しい人物を目で追っていた。
その視線に気づかないはずもなく――。
「ねえアリア嬢……あちらの二人、もしかして……」
隣の席の友人が小声で囁く。
「い、いえ……ただの……庭師?」
「庭師があんなに鋭い目つきする?」
女子たちの間でひそひそ話が広がる。アリアは内心で頭を抱えた。
だが、事件は突如起きた。
侍女の一人がテーブルに近づいた瞬間、兄たちが同時に飛び出したのだ。
「アリア!」
レオンが一瞬で距離を詰め、アリアの前に立ちはだかる。ノアは侍女の籠を奪い、中身を確認した。
「……ただの焼き菓子だ」
拍子抜けするほど普通の品に、場は静まり返る。
「え、えっと……それ、皆さんにお出しする予定で……」
侍女が震える声で説明すると、女子たちは顔を見合わせた。
お茶会は再開されたが、もはや空気は元通りにはならなかった。
紅茶を口に運ぶたび、庭の端から二つの鋭い視線が突き刺さる。
笑い声をあげるたび、その視線がさらに鋭くなる。
そして、マリベルが冗談めかして「アリア嬢、ずいぶん護衛が厳重なのね」と言った瞬間――。
アリアは笑顔のまま宣言した。
「――前言撤回よ、兄さまたち」
帰り道の馬車。
アリアは腕を組み、窓の外を見つめたまま口を開いた。
「今後、女子だけのお茶会に兄様たちの同行は、固くお断りいたします」
「だが、危険が――」
「断固として!」
その声の強さに、さすがの二人も押し黙る。
だが、その心の奥底では「次はもっと目立たずに監視できる方法を探そう」と考えていたのは……もちろん秘密だった。




