第七十二話 妹を巡る王太子と兄たちの静かで激しい攻防!? 廊下の空気が張り詰めました!!
■ 朝の廊下、遭遇
王立学園の東棟廊下は、朝日がステンドグラスを透かして落とす色彩で満ちていた。
赤、青、黄金――床に描かれた光の模様の上を、生徒たちの足音が軽やかに通り過ぎていく。
そんな中、ひときわ空気を変える三人の男が廊下の中央で立ち止まった。
王太子アルヴィン=レグニス・ルシアス殿下。
そして、その向かいに立つのは、レイフォード家の長兄ノア(19歳)と次兄レオン(17歳)。
彼らの間に漂う空気は、朝の柔らかさとは正反対――張り詰め、触れれば音を立てて弾けそうな緊張感。
ノアは優雅な所作で軽く一礼しながらも、灰色の瞳は一切の笑みを含まない。
「殿下。妹と過ごす時間が、随分と長くなっているようですね。」
アルヴィンは微笑を崩さず、少し首を傾げた。
「アリア嬢は私の学友であり、魔法研究における協力者でもあります。それ以上でも以下でもありません。」
レオンがすかさず口を挟む。
「“それ以上でも以下でもない”なら、わざわざ授業後や休憩時間まで確保する必要はないよな? ……殿下。」
その声音は穏やかさを欠き、廊下の通行人の耳をわずかに刺した。
数歩先で足を止めた生徒たちが、会話の続きを盗み聞こうと視線を向ける。
アルヴィンは、ほんの一瞬、視線を鋭くした。
「彼女の意志で参加している時間です。――過保護も過ぎれば、意志の芽を摘み取るだけになりますよ。」
ノアの眉がわずかに動く。
「……妹はまだ七歳です。芽を伸ばす環境は、我々が保証します。」
レオンが半歩前へ。
「殿下が“環境”になれると思ってるなら、ちょっと考え直してもらいたい。」
二人の兄の間から放たれる圧は、廊下の空気をさらに重くする。
それでもアルヴィンは一歩も退かず、堂々とした姿勢を保っていた。
■ 妹の影
廊下の曲がり角から、当のアリアが顔を出した。
「……あ、兄さまたちと、殿下?」
小さな声に三人が同時に振り向く。
アリアは小柄な体に魔法学科の制服を着て、手には本を抱えていた。
その表情は少し困惑している。どう見ても、この空気が偶然ではないことを感じ取っている顔だった。
「アリア。」ノアが柔らかい声で呼びかけるが、その瞳の奥にはまだ緊張が残っている。
「授業の準備か?」
「はい……魔法薬学の資料を取りに……」
言葉を探している間に、アルヴィンが自然な動きでアリアの傍へ歩み寄った。
「アリア嬢、先日の研究の件ですが――」
兄たちが無言で一歩踏み出す。
その瞬間、廊下の空気が一段と冷えた。
■ 視線のぶつかり合い
アルヴィンは軽く笑みを浮かべながらも、声のトーンを落とす。
「ここで話すのは控えますか。……兄君方の視線が痛い。」
レオンが低く返す。
「痛いくらいで済んでるならまだいい。」
ノアが続ける。
「殿下。妹の学びを邪魔するつもりはありません。しかし――その時間の意味を、我々は常に注視しています。」
「注視、ですか。」アルヴィンの声にわずかな棘が混ざる。
「ならば、私もお二人の“保護”の度合いを注視させていただきましょう。」
二人の間に沈黙。
しかしその沈黙は、言葉以上に雄弁だった。
廊下の周囲では、生徒たちが息を潜め、誰も動こうとしない。
■ 小さな和らぎ
「え、えっと……!」
アリアが慌てて声を上げる。
「じゃあ、資料室まで一緒に行きませんか? 三人とも……!」
一瞬、兄たちとアルヴィンの視線が交錯する。
そして、まるで暗黙の休戦協定のように、それぞれわずかに距離を取った。
「……いいだろう。」ノアが短く答えた。
「行こう、アリア。」
アルヴィンも軽く頷き、歩き出す。
だが、その背中からは先ほどの火花がまだ完全には消えていなかった。
この後、資料室までの道のりでも、三人の視線戦は続く――
そんな空気を感じつつ、アリアは「みんな仲良くすればいいのに……」と心の中でため息をつくのだった。




