第七十一話 妹を巡って王子と兄たちが正面衝突!? 学園の廊下で繰り広げられる“静かなる火花”!!
■朝の予兆
朝の光が、ステンドグラス越しに廊下へと差し込んでいた。
古びた魔法学院の石造りの壁は、淡く色づき、まるで幻のような模様を刻んでいる。
普段なら、そんな幻想的な光景に足を止めてしまうアリアだが、この日は妙な緊張感が足を早めさせていた。
(……今日、何か起きる気がする)
昨日、クラスの子たちがこそこそと話していた内容が、頭から離れない。
「温室事件」――そう呼ばれ始めた一件。
防犯魔法が暴走し、王太子殿下と共にいたところを兄ライナルトたちに見つかった。
あれ以来、廊下を歩くたびに視線を感じるのだ。
■運命の廊下
二限目の授業が終わり、アリアは教室を出た。
窓際から差し込む秋の陽射しが、廊下に淡い影を落とす。
遠くで笑い声や本を閉じる音が混じる中、前方に異様な空気が漂っているのがわかった。
そこには――
王太子アルヴィン=レグニス・ルシアス殿下。
そして、アリアの長兄ライナルト、次兄グレン。
三人が、廊下の中央で対峙していた。
周囲の生徒たちは距離を取り、まるで見えない結界が張られているかのように近づかない。
空気は冷たく澄んでいるのに、肌にぴりぴりと刺すような緊張が走る。
■最初の一言
「……殿下。最近、妹に接触される機会が増えているようですが。」
低く、よく通る声。
ライナルトの表情は穏やかだが、その青灰色の瞳は決して笑っていない。
「彼女は私の学友であり、共同研究者でもある。距離を取る理由はないと考えるが?」
アルヴィンもまた、王族特有の冷静さを崩さない。
だがその瞳の奥には、強い意志と――負けるつもりのない光が宿っていた。
■会話が剣になる
「学友という言葉で包んでおられるが……私には、境界線を越えているように見えます。」
「境界線を定めるのは本人の意志だ。
……君たちの“守る”は、時に窒息に似ている。」
わずかに空気が重くなる。
グレンが一歩前に出た。
「殿下。妹はまだ七歳です。彼女の時間をどう使うか、慎重に考えていただきたい。」
「慎重に、ならば尚更、彼女が望む学びを妨げるべきではない。」
言葉と言葉がぶつかる音が、廊下の静寂に響いた気がした。
■アリアの登場
(ああもう、やっぱり……!)
耐えきれず、アリアは駆け寄る。
「兄様、殿下! ここ、学園ですから! ケンカはやめてください!」
必死に声を張ったが、二人とも視線を逸らさない。
アリアの存在が空気を和らげるには、今の緊張はあまりにも強すぎた。
■周囲の反応
廊下の端では、クラスメイトや上級生が固唾を飲んで見守っていた。
「すご……本物の王太子と、あのレイフォード家の兄上たちだ……」
「目で殺し合ってない?」
「アリアちゃん、挟まれて大丈夫なの……?」
噂が、瞬く間に広がっていくのがわかる。
こういう時の学園は、魔法よりも速い。
■第三勢力の介入
「ちょっと待ったー!」
軽やかな声が響き、ミリアとカイルが駆けてきた。
ミリアは腰に手を当て、兄たちと殿下を順に睨む。
「二人とも、アリアちゃん困ってるでしょ!」
「兄上たちが過保護すぎるのはいつものことだが、殿下も全然引かないんだなぁ」と、カイルが肩をすくめる。
一瞬だけ、兄たちと王子の間に沈黙が落ちた。
だが――
「……妹を守るのは当然だ。」(ライナルト)
「……研究の進行を妨げる行為は看過できない。」(アルヴィン)
再び、火花が散った。
■終わらぬ火種
授業のチャイムが鳴る。
それでも二人は最後まで視線を外さなかった。
「……続きは、また後で。」
そう言って、それぞれ別方向へ歩き出す。
その背中からは、まだ熱のこもった気配が漂っていた。
アリアは肩を落とし、深くため息をつく。
(この先もずっと、この二人……というか三人? はこんな感じなんだろうな……)
■小さな予告
放課後。
アリアは窓から温室の方角をちらりと見た。
秋風に揺れる《ミミタブサボテン》の姿が見える。
――まるで、「次も波乱だよ」と囁いているように。




