第七十話 妹、王子と学園温室で“珍植物観察”!? でも兄たちが仕掛けた防犯魔法が大暴走!!
秋晴れの午後。
学園の敷地の奥、魔法温室の前にアリアは立っていた。
「ここ、入るの初めて……」
温室は、学園でも特に立ち入り許可が厳しい施設のひとつだ。
希少な魔法植物や、他大陸から取り寄せた外来種が育てられており、許可証を持つ者以外は近づくことすらできない。
今日、その許可証を用意してくれたのは――
「待たせたかな、アリア嬢」
軽やかな声とともに現れたのは、王太子アルヴィン=レグニス・ルシアス殿下。
いつもの制服姿ながら、肩からは金糸の刺繍入りマントがゆるやかに揺れている。
秋の光を受けて、その淡い金髪が柔らかく輝いていた。
「殿下、ありがとうございます。まさか温室見学にお誘いいただけるなんて」
「ふふ、珍しい植物を見せたくてね。君なら興味を持つと思った」
アリアは素直にうなずく。
魔法植物学は、彼女が魔法研究会に入ってから特に惹かれ始めた分野だ。
王子の誘いに二つ返事で了承したのは、ただの礼儀ではない。心から楽しみだった。
■温室の扉、そして不穏な反応
アルヴィンが懐から銀の鍵を取り出し、扉の魔法錠に差し込む。
淡い光とともにロックが解除され、重厚なガラス扉が静かに開いた。
――その瞬間。
「……?」
アリアの耳に、微かな魔力のざわめきが届いた。
(……何、この感覚。温室の魔法結界とは違う……もっと、個人的な……)
「アリア嬢?」
「い、いえ。なんでもありません」
表情を取り繕い、温室内へと足を踏み入れる。
だが彼女の胸の奥には、かすかな警戒心が芽生えていた。
■幻想的な魔法植物たち
温室の中は、外の秋空とは別世界だった。
湿り気を帯びた暖かな空気が肌を包み、色とりどりの花や葉が一斉に視界を満たす。
「わぁ……」
紫水晶のように透き通った花弁を持つ《クリスタルリリー》。
葉脈が金色に光る《サンライト・リーフ》。
そして小さな実が空中をふわふわ漂う《スカイベリー》。
「これは……すごいです。図鑑でしか見たことがないものばかり……!」
アルヴィンが微笑みながら説明を添える。
「この《クリスタルリリー》は、夜になると花弁が月光を集めて光る。学園の魔法薬研究科でも、花粉を使った回復薬の研究が進んでいるんだ」
「それにしても……ここまで貴重な植物が一堂に集まっているなんて、まるで宝石箱の中みたいです」
アリアは夢中で歩き回り、葉を撫でたり、花の香りをかいだりしていた。
■異変の兆し
だがその時――
カチッ。
何かが、足元で微かに鳴った。
「……え?」
温室の奥で、青白い光がパッと瞬いたかと思うと、天井の影から魔力の糸が幾筋も垂れ下がってきた。
アルヴィンの眉がひそめられる。
「……今の反応、温室の警備魔法じゃない」
「はい……私も感じました。これ……まさか……」
アリアの脳裏に、非常に嫌な予感がよぎる。
(この魔力……見覚えがある。っていうか、覚えたくもなかったのに……)
■兄たちの「過保護罠」
数週間前。
兄たちは口を揃えてこう言ったのだ。
『学園の温室? 許可が厳しい施設? なら“安全対策”をしておかないとな』
その安全対策が、どう見ても軍用レベルの防御魔法だったことを、アリアは忘れていない。
侵入者や不審者を感知すると、捕縛や隔離を行う魔法陣を発動させるという……要するに、妹に近づく危険人物を即時拘束するシステムだ。
(ま、まさか……今、発動しちゃったの!?)
■魔法の暴走、開始
「アリア嬢、下がって!」
アルヴィンが腕を引き、二人は背後の通路へと飛び退く。
だが遅かった。
足元から魔法陣が展開し、温室全体が淡い赤光に包まれる。
『不審者、接近。排除モード、起動』
低い無機質な声が響く。
次の瞬間、天井の魔力糸がしなり、槍のような光の矢へと変化した。
「……これ、殿下を不審者判定してますね」
「君、何を仕掛けられているんだい……?」
アルヴィンの半眼の視線に、アリアは力なく笑った。
「兄様たちが……その……過保護な防犯魔法を……」
「過保護、ね」
短い沈黙。
次の瞬間、魔力糸が一斉に襲いかかってきた。
■防犯魔法の本気モード
光の矢が降り注ぐ中、アリアは必死に魔力障壁を張りながら叫んだ。
「殿下、左へ! あの《バインドローズ》の蔓の陰に!」
「わかった!」
二人は駆け込み、厚い葉のカーテンに身を隠す。
だが、その安全地帯すら次の瞬間――蔓ごと魔力糸に絡め取られた。
「ひゃっ……!」
アリアの足元に絡みつく蔓が、きゅうっと締まる。
本来は温室内の植物を守るための支柱代わりだが、今は完全に“侵入者捕獲装置”と化している。
「これは……君の兄上たち、植物にまで協力させているのかい?」
「そんなはずないです! ……たぶん!」
(いや、でも兄様たちならやりかねない……!)
■温室全体が“トラップ迷路”に
アルヴィンは腰の魔導剣を抜き、魔力糸を一刀両断する。
しかし切られた糸はすぐさま再生し、別の角度から迫ってきた。
「再生型……厄介だな。アリア嬢、どこか安全な場所は?」
「温室中央の管理区画なら、魔法陣の制御盤があります!」
「よし、そこへ行こう」
二人は、曲がりくねった通路を突き進む。
だが、進む先々で仕掛けが作動する。
床板が沈み、魔力の壁が立ちはだかり、さらには天井から《フラッシュスパーク》が降り注いだ。
「目くらまし魔法まで!? 殿下、下を!」
「おっと!」
足元に迫る《ルートスネーク》――根っこ型の拘束魔法を、アルヴィンが踏み砕く。
(これ、本当に“防犯”ですか……? もはや軍事演習では……)
■味方か敵か、魔法植物たち
途中、アリアは小さな鉢植えに目を留めた。
それは以前、魔法研究会で世話したことのある《ミミタブサボテン》。
小さな葉が耳のように動き、彼女に向かって「きゅっ」と鳴いた。
「……お願い、道を教えて」
《ミミタブ》は葉をぱたぱたさせ、右の通路を示す。
二人はその指示に従い、数秒後には魔力糸の集中砲火を回避できた。
「助かった……! ミミタブは裏切らないですね」
「君、人間以外にも人脈があるのか……?」
アルヴィンの半ば呆れた視線を背に、アリアは笑った。
■制御盤への到達、そして…
やっとのことで管理区画に辿り着く。
中央には、複雑な紋様が刻まれた大理石の台座があり、その上に青い魔法石がはめ込まれていた。
「これが制御盤……でも、鍵付きです!」
「鍵は?」
「兄様たちの魔力波形でしか解除できないはず……」
二人は同時に沈黙した。
つまり――兄たちが来ない限り解除不能ということだ。
■兄たち、現る
バンッ!!
豪快に温室の扉が開かれた。
「アリア!! 無事か!?」
「侵入者はどこだ! 殿下、手を離せ!!」
長兄ライナルトと次兄グレンが駆け込んできた。
二人の後ろには、なぜか護衛騎士たちまでいる。
「兄様たち、殿下は侵入者じゃありません!!」
「だが、過剰接近していただろう!」
「過剰って……!」
アルヴィンは深くため息をつき、剣を下ろした。
「君たちの妹は、私とただ温室を見学していただけだ。……なのに、この大騒ぎだ」
「安全のためだ」
「安全を通り越して戦場だったぞ」
兄たちは、しれっと「それが狙いだ」とでも言いたげに肩をすくめる。
■“反省しない”反省会
魔法陣が解除され、温室は静けさを取り戻した。
しかし制御盤の前で開かれたのは、“反省会”という名の口論だった。
「そもそも妹を王子と二人きりにするのが間違いだ」
「学園生活だって監視は必要だ」
「……兄様たち、私、もう七歳です」
「だからこそ危ない」
アルヴィンは額を押さえながら呟く。
「この兄上たちと話すのは、魔力糸と戦うより疲れるな……」
■エピローグ
温室を後にする時、アリアはそっと《ミミタブサボテン》の鉢を撫でた。
小さな葉が、別れを惜しむようにぱたぱたと揺れる。
(またゆっくり来たいな……でも次は、兄様たちの防犯魔法抜きで)
その願いが叶う日は――まだまだ遠そうだった。




