第六十七話 妹が“物語の世界”に迷い込んだ!? 本の中でも過保護兄たちが大騒ぎ!?
初秋の雨上がり。アリアの部屋には、しっとりとした空気が漂っていた。
お気に入りの椅子に座り、アリアは今まさに一冊の本を読み進めていた。
タイトルは――
『星の回廊と鏡の迷宮』
(幻想童話……かな? 不思議な詩みたいな文章だけど、どこか懐かしい……)
ページをめくるたびに、淡い光が紙面ににじみ出るような気がして。
ふと、アリアはまぶたが重くなるのを感じた。
(少しだけ……目を閉じたら……)
ほんのひととき、うとうとと……。
――次の瞬間。
「……っ!? ここ、どこ……?」
アリアは、金の靴音が反響する鏡張りの回廊に立っていた。
天井のない空間には、星が舞うように光を揺らしている。
目の前に浮かぶのは、最初のページにあった一節。
『もし、星が導くなら――
迷宮の主が“願い”を見つけ出すだろう』
「……夢? それとも、魔法?」
すると――
「見つけたぞ、アリア!」
「っ!? お兄様たちっ!?」
現れたのは、漆黒の騎士の鎧を着たレオンと、白銀の魔導装束をまとったノアだった。
「ここは危険だ。今すぐ帰るぞ」
「えっ、でも本の中に入って……」
「だからこそだ。物語の中でも、お前はお前なんだからな」
「でも、お兄様たちが……“本の世界にも”来るって、どうして!?」
「そりゃ、お前が本を読んで異世界転送されるなんて、日常茶飯事だろ」
「それは日常じゃないです!!」
ノアが冷静に呟く。
「おそらく、“星の回廊”という設定が夢と現実をつなぐトリガーになっていたんだろうな。読み手が一定以上の魔力量と精神感応性を持っていると、干渉されやすい」
「さっきから説明が専門的ぃぃぃ!!」
◆ ◆ ◆
星の迷宮には“試練の間”があった。
アリアが先に進むと、目の前に現れたのは一匹の獅子。
「願いは何だ?」
その問いに、アリアはそっと胸に手を当てた。
「……私は、この世界で、もう一度……ちゃんと“幸せ”になりたい」
その声に、迷宮がかすかにきらめいた。
「通るがいい」
――だが。
「ちょっと待て、アリア。願いが“漠然”すぎる」
「……兄様、黙っててくれませんか」
「“ちゃんと”の定義をまず決めないと、試練の許可が出るのもおかしいだろ」
「どうして迷宮より兄様のほうがうるさいの!?」
◆ ◆ ◆
こうして、アリアと兄たちは本の中を進み、さまざまな幻想の試練を乗り越えていった。
・“過去の自分”が語る迷い
・“未来の扉”の前で兄がやたら自己主張
・“孤独の部屋”で、アリアが泣きそうになるとレオンが壁を殴って壊す
・ノアが“解釈魔法”でストーリーの結末を強引に改変しようとする
「ノア兄様、それはチートすぎます!!」
「これは“お前を守る”魔法だ」
「いまの展開、超感動的だったのに!」
「それ以上に、お前が泣くのは見たくない」
◆ ◆ ◆
そして物語の最終章――“星の扉”が開く。
アリアがそっと手をかざすと、彼女の胸元でカボチャ柄のブックマークが淡く光りだした。
「このブックマーク……?」
「おそらく、この本の“鍵”の役割を持っていたのだろう」
「さすが兄様。物語世界でも解説役が板についてますね……」
――光に包まれ、ゆっくりと視界が白くなる。
◆ ◆ ◆
ぱち、と。
アリアが目を開けると、そこは元の部屋。
窓の外には変わらず秋の月。
机には『星の回廊と鏡の迷宮』が開かれ、挟まれていたのは――あの、カボチャ柄のブックマークだった。
「……夢、じゃない……よね」
扉の外から、そっとノックの音が響く。
「アリア、そろそろ寝る時間だ。……さっきの続き、読み聞かせてやろうか?」
「……今夜は、私が読んであげます。夢の続きは、まだ続いている気がするから」
その笑みは、ちょっぴり誇らしげで、ちょっぴり照れくさそうで――
でも確かに、あの迷宮の光の中で願った、“幸せな今”そのものだった。




