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第六十六話 アリアと“眠れる月の乙女”と、お兄様たちの静かなる騒動!?

秋も深まり、王都の空気は澄んで冷え始めていた。

夜になると、レイフォード邸の廊下にはほのかに暖炉の香りが漂い、屋敷の中も静寂に包まれていく。


その夜、アリアは一人、自室の窓辺に座っていた。


月明かりが淡く照らす机の上には、一冊の分厚い本――『眠れる月の乙女』が開かれていた。

膝にはブランケット、カボチャ柄のブックマークが、ちょうど半分を過ぎたページに差し込まれている。


(……このシーン、好き。

願いが叶うと信じて、姫が月の湖に祈るところ……)


ゆっくりとページをめくる。

アリアの表情は、どこか切なげで、けれど穏やかだった。


そのとき――。


「アリア、まだ起きてるのか?」


ノックもなく、ノアの声が扉の向こうから聞こえた。


「わっ!?」


アリアは慌てて立ち上がる。が、時すでに遅し。


「開けるぞ?」


「ま、待って――っ」


扉が開くと同時に、ノアの後ろからもぞもぞとレオンが顔を出す。


「……何だこの部屋の空気。妙に詩的じゃないか?」


「静かに本を読むくらい、ひとりでやらせてほしいんだけど……」


アリアがむくれると、ノアは苦笑しながら部屋に入り、手に持っていたマグカップを差し出した。


「夜は冷えるから、ミルクハーブティーを持ってきた。カモミール入りだ」


「……ありがとう。でも、お兄様たち、どうして来たの?」


「お前の部屋の灯りがずっとついていたからな。何かあったのかと思って」


「ほら、秋の夜長って、そういうものだろう?」


「ちがうよ!? 本を読んでただけだよ!」


アリアは慌てて机の上の本を閉じた――が、そこにレオンの目が留まる。


「……『眠れる月の乙女』?」


「っ……はい」


「これは……確か、幼い姫が運命に立ち向かう話だったか」


レオンが呟くと、ノアが驚いたように振り向いた。


「……読んだのか、お前」


「昔、アリアのために読書傾向を分析してたときに、少しな」


「ええっ!? 勝手にそんなことを!?!?」


アリアの悲鳴を無視して、兄たちは部屋にあった椅子を勝手に動かし、アリアを囲むようにして腰を下ろした。


「じゃあ続きを、みんなで読もうか」


「やめて!? ひとりで読むからこそいいんですっ!!」


「お前、今泣いてたろ?」


「違うっ……けど……ちょっとだけ、切なくなってただけで」


ノアが優しく微笑む。


「切なくなるのは、本のなかに心が動かされている証拠だ」


「でも、ひとりで浸っていた時間を邪魔されるのも、読書あるあるだな」


「それを言ってる本人たちが邪魔してるんですけどね!?」



◇ ◇ ◇


それでも、しばらくすると――


「……続き、読み聞かせしてもいいか?」


「お兄様が?」


レオンがアリアの本をそっと開いた。


「このあたりからでいいんだな」


その声はいつになく静かで、優しかった。


アリアはブランケットを引き寄せ、ノアが差し出したティーカップを両手で包む。


「……じゃあ、ちょっとだけ」


夜のレイフォード邸。

窓の外には満月。

室内には兄の声、そして物語の中の姫の祈り。


“願いは、月のしずくとともに降り注ぐ。

――たとえそれが、もう戻らぬものでも。”


その一節を読み上げたあと、レオンはそっと本を閉じた。


「……続きは、また明日だ」


「えっ」


「今読んだ分で、アリアはきっと夢を見る。その夢の続きを、明日一緒に探すのも悪くない」


「ずるいな。お前、本当にロマンチストだよな」


「アリアが読む物語だからこそ、少しだけロマンを足したくなるんだ」


アリアはぽかんとしていたが――


ふわ、と笑った。


「……うん。じゃあ、続きは明日、お願い」


兄たちはゆっくり立ち上がり、部屋の扉へと向かう。


「灯りは……」


「このままでいいよ。月があるから」


アリアは本を抱えながら、窓辺に戻った。


レオンが最後に振り返る。


「おやすみ、アリア」


「……おやすみなさい。お兄様」


こうして、秋の夜長のレイフォード邸には、物語と魔法のような優しい時間が流れていく。


兄たちに囲まれていても、アリアの“読書の秋”は、とても静かで、温かく、そして――少しだけロマンチックだった。



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