第六十五話 アリアとカボチャ柄のブックマーク ~小さな贈り物の、ちいさな奇跡~
レイフォード家の秋は、いつも騒がしい。
王都の屋敷から山の別邸へと戻り、兄たちはあいも変わらずアリアの“秋の夜長”を過保護フィルターで監視し続けていた。けれど、この年の秋は、いつもとは少しだけ違っていた。
なぜならアリアは“本”に夢中だったのだ。
「この『眠れる月の乙女』、すっごくロマンチック……!」
初等学園の図書室で出会った分厚い物語本に、アリアは心を奪われた。星降る夜、孤独な姫が月の精霊と契約を結び、願いを叶えるファンタジー……内容もさることながら、アリアは“本を読む”という行為そのものに、深く深く魅了されていた。
だが、そんなアリアにも“ひとつだけ”悩みがあった。
「……どこまで読んだか、分からなくなっちゃう」
兄たちに言えば“自動ページ記憶式魔道具”を導入されるのは目に見えている。
それでは“雰囲気”が壊れてしまう――アリアは、そう思っていた。
その時だった。
運命の出会いは、意外なところからやってきた。
◇ ◇ ◇
レイフォード家の秋の恒例行事――それは“王都秋祭り”である。
王都の中央広場で催される盛大な収穫祭。市民たちの仮装行列に、商会の屋台。貴族も庶民も垣根を越えて、秋の実りと平穏を祝う一大イベントだ。
アリアもその年、兄たちと一緒に出かけることを許された。
「うわあ、すごい人……!」
「迷子になるなよ、アリア」「というより“誰かに攫われるな”だな」「すぐ隣にいますけど!?」
屋台が並ぶ通りには、くじ引きの露店も多く出ていた。そのひとつに、アリアはふと足を止めた。
「わっ、これ……可愛い」
色とりどりのブックマークが並んだくじ引き屋。なかでもひとつ、目を引いたのは――
オレンジ色のリボンに、ころんと笑ったカボチャの刺繍が散りばめられた、小さな布製のブックマークだった。
「あれ……ほしい……」
だが、アリアはまだ“祭り用のおこづかい”を手にしていなかった。兄たちが「金銭感覚を鍛えるため」と、適切なタイミングを見計らっていたからだ。
その横で、レオンが気づいた。
「……あのブックマーク、か」
レオンは無言で屋台の主に銀貨を渡し、くじを引いた。そして――
「……当たり」
呟くと同時に、彼はカボチャ柄のブックマークをアリアに手渡した。
「えっ、えっ!? えええっ!?」
「お前に似合いそうだと思ってな」
アリアは頬を真っ赤にして受け取った。手の中でふわりと軽く、でもしっかりした魔導繊維の手触りが心地よい。
「ありがとう、レオン兄様!」
「ふっ……まあ、たまにはな」
ノアがその後ろで腕を組み、苦笑いを浮かべる。
「妹に“カボチャの笑顔”が似合うって、レオン。どれだけ溺愛してるんだよ」
「問題あるか?」
「ない、というより、むしろ清々しい」
こうして、アリアの手元に――“とっておきの読書のお供”がやってきた。
◇ ◇ ◇
それからというもの、アリアはそのブックマークをいつも本に挟んでいた。
学校でも、寝る前のベッドでも。ちょっとした読書のひとときにも、そっとそのリボンをしおりにする。
カボチャの表情は、いつ見ても笑っていた。
「……ねえ、今日も楽しかったよ」
そう声をかけると、どこからかチリンと鈴の音がしたような、しなかったような――
◇ ◇ ◇
ある日。秋の読書週間の一環として、クラスの皆が“おすすめの一冊”を紹介し合うことになった。
アリアが推薦したのは『眠れる月の乙女』。
発表を終えると、クラスメイトの誰かがこう呟いた。
「アリアさんって、ほんとにお姫様みたいだよね。本を読むときの姿とか」
「そうそう、あのしおり、可愛すぎる……」
「えっ、これ……?」
カボチャ柄のブックマークは、すっかりアリアの“代名詞”となっていた。
やがて、他の生徒たちの間でも「自分だけのブックマーク」を持つのがちょっとした流行になった。
だが、アリアのものは特別だった。
それは、ただの飾りではない。
“兄からの贈り物”という、温かい想いが宿っていたからだ。
◇ ◇ ◇
冬が近づき、夜が長くなる頃。
アリアは再びベッドの上で本を読みながら、ふと思い出したようにカボチャ柄のブックマークを撫でた。
「……うん。“おいしくなぁれ”って感じじゃないけど」
チリン――。
あの鈴の音が、静かな部屋に響いたような気がした。
「……今日もありがとう、レオン兄様」
兄からのささやかな贈り物は、アリアの心を支える大切なお守り。
――そして、このブックマークが活躍する物語は、まだまだ続くのだった。




