第五十五話 王子の思惑、ついに明かされる!? 魔法研究会の裏にある“もうひとつの目的”とは――
秋の午後。魔法研究会の特別室には、深い静寂が満ちていた。
アリアは古文書を開いたまま、眉をひそめていた。
「この古代魔導式……やっぱり、わたしの知ってる式とは少し違う……」
「……やはり、君は“感じる”んだね」
突然声をかけてきたのは、会長であるアルヴィン=レグニス・ルシアス王太子。
彼は窓辺に立ち、遠く王都の塔を見下ろしていた。
「感じる……というか、何となく違和感があるっていうか……でも、なんでこんな難しい式を私に?」
「答えは単純だよ」
彼は振り返り、淡く微笑んだ。
「君は“既知の魔法体系”の枠を超えている。僕たちが気づかないような違和感を、“直感で”読み取ってしまう。――それが、君の力だ」
「……え、なにその、すごく困る言い方」
「困らせるつもりはないよ。ただ、僕の目的を話すべき時期かもしれないね」
アルヴィンは静かに椅子に腰を下ろした。
その目には、王子としての冷静さと、年齢に似つかわしくない覚悟が宿っていた。
「この魔法研究会は、“表向き”には学園の研究クラブ。けれど“実質的”には、王家直属の〈魔導観測班〉なんだ」
「……ま、まどう……かんそく……?」
「君も感じているはずだ。世界の“魔力の流れ”に、微細な異変があることを」
アリアの手が、そっと止まった。
「……それ、私の“勘違い”じゃなかったんだ」
「勘違いどころか、君はおそらく、この学園――いや、王都でも“最も鋭敏な魔力センサー”になっている」
「な、何その肩書き!? 嫌なんだけど!?」
「それがどれほど重要か、君にはわかっていないだけだよ。
数十年前から、王家では〈魔力の地殻変動〉と呼ばれる現象の調査を進めている。微細だけれど、確実に“何かが起きている”」
彼の声が、ほんの少しだけ低くなった。
「……魔族の封印結界。王都を支える魔法柱。世界の均衡は、思った以上に繊細だ。
その安定が崩れれば――“崩壊”は一気に進む」
「っ……」
アリアは思わず背筋を伸ばした。
前世でも、現世でも聞いたことのないスケールに、心が揺れる。
「君に副会長を頼んだのは、単なる興味や親しみではない。君の存在が、この国の未来に関わる可能性があると……僕はそう確信している」
しばしの沈黙。
「……そんな……私、ただの……」
「“ただの”なんて言葉は、君には似合わないよ。アリア・リュミエール・レイフォード」
それは、年相応の少年とは思えない、強い意志のこもった声音だった。
「僕は君に力を貸してほしい。そして、君の力を守る用意もある。……この国にとって、君は“特別”なんだ」
その言葉に、アリアはただ、静かに目を伏せた。
けれどその頬には、赤くなった耳と、熱を帯びた視線が――。
その夜、レイフォード邸。
「……妹が“特別”って言われたらしい」
「王子、それはもう“求婚前提発言”だろ!? どうすんだよ!?」
「対王子用魔導トラップ、そろそろ設置してもいいのでは?」
アリアは、ひとつ大きなため息をついた。
「兄様たち……本題、そこじゃないからああぁぁぁ!!」
その叫びは夜空に響き、いつも通りのレイフォード家が続くのであった。




