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第五十二話 妹の“ピンチ”にまさかの神獣再臨!? エルダリオン、王都を翔ける!!

王都の中心部から少し離れた旧迷宮跡地――。

そこに立ち入った瞬間、アリアの全身が一瞬で凍りついた。


「……なに、この空気……?」


視界の隅が揺れていた。風もないのに髪が逆立つ。

背筋を這うような悪寒。喉の奥に異物が引っかかるような、重く湿った瘴気。


(前の世界でもこの世界でも、こんな感覚を覚えたことはなかった……)


アリアはぎゅっと拳を握った。

“自分の中”にある何かが、警鐘を鳴らしている。ここにいてはいけない、早く逃げろ、と。


「でも……エマとクラリスが……!」


声を振り絞ったその瞬間、奥の空間から爆音と、悲鳴に近い魔力のうねりが響いた。

金属をねじるような異音。何かが崩れ落ち、何かが目を覚ました。


アリアは無意識のうちに、足を踏み出していた。

 


◆ ◆ ◆


ことの発端は、学園の授業の一環として行われた“迷宮跡地の歴史見学”だった。


もちろん、本来は完全立ち入り禁止区域。

だが今回は王都の許可を得て、学園側が専門の監督官をつけての調査形式で実施されていた――はずだった。


「ほんとは兄様たちも同行するはずだったのに……!」


そう。

レオンとノアは、公務や学院の都合で同行できず、代わりにレイフォード家の直属魔導警備班から精鋭数名がついてくる予定だった。

だが――当日、その警備班も突発的な王命で動かざるを得なくなり、急遽、教師陣だけでの対応となってしまったのだ。


「レイフォード家の護衛がついていない? ありえん!!」


後でレオンとノアは地面を転げ回るほど怒ったらしい。


けれどその時、アリアはまだ、これほどの事態になるとは思っていなかった。

 


◆ ◆ ◆


迷宮跡地の地下階段を駆け下りる。


照明魔石の明かりが赤く瞬き、あちこちに走るヒビが嫌な音を立てている。

地下に沈んだ魔法陣が、かすかに脈動しているように見えた。


(これって、封印術式? でも、何かが……破れてる?)


その直後、崩れた壁の先で――彼女は見た。


瘴気の霧の中、倒れ込むクラリスと、立ちすくむエマ。

そして、それを見下ろすように、巨大な影が揺れていた。


異形の魔物――いや、“魔性”と呼ぶべき存在。


「……退いて、アリア!」


エマが叫ぶが、アリアの足は止まらない。


「大丈夫、私……魔法、使えるから……!」


そう言いながら、彼女は自身の内にある“力”を掘り起こす。


(前の世界では一度も感じたことのない、この“魔力”の流れ。私は――この力を、守るために使いたい!)


目を閉じ、詠唱に入ろうとしたその時だった。


 


魔性が低く唸りをあげる。瘴気が濃密になり、空間そのものが圧迫されていく。


アリアは震える指先で詠唱を紡ごうとするが、その前に――


「――来るな、アリア!」


突如、天井を破るような閃光が迷宮を照らし出した。


振り返ったその瞬間、空間を切り裂くように降り立ったのは――


金色のたてがみを持つ、巨大な獣。


鋭い牙と長い尾、猛禽のような双眸を持ち、堂々たる体躯を揺らしてアリアの前に立ちはだかる。


そして、驚くべきことに――


「危険から離れよ、契約者よ」


獣が、人の言葉を喋った。


「エルダリオン……!」


アリアの瞳が見開かれる。

以前、“疑似召喚魔法”の暴走で偶然現れ、そのまま一方的に契約を結んで去っていった神獣。

以後、何の連絡もなしに音沙汰なかった“あの”神獣が、ここで再び姿を現したのだ。


「まさか、本当に来てくれるなんて……!」


「当然だ。我が“嗅覚”は、契約者の危機を見逃さぬ。

 ……貴様、この程度の瘴気に巻き込まれるなど、見込み違いも甚だしいぞ」


「耳が痛いです……!」


口ではそう返しながらも、アリアは心の奥底で震えていた恐怖が消えていくのを感じていた。

あの日の再会が、ただの偶然ではなかったのだと――。


その背で、エルダリオンの金色のたてがみが逆立つ。


「吠えるなよ、魔性よ。我が一撃で、ただの塵と化せ」


魔性が威嚇の咆哮をあげた瞬間、エルダリオンの足元に魔法陣が展開される。

膨大な魔力が一気に収束し、迷宮内に震動が走る。


「我が名はエルダリオン。契約者アリアのしもべにして、蒼天を裂く一撃の牙なり――」


鋭く詠唱を終えるとともに、眩い閃光が咆哮とともに放たれた。


圧倒的な魔力と威圧。

空間そのものが裂けるような風圧。

放たれた白銀の閃光が、迷宮の瘴気を一瞬で切り裂き、魔性を霧散させる。

それはまさに、神獣と呼ばれる存在にふさわしい一閃だった。


魔性は抵抗する間もなく、そのまま光の奔流に呑まれて霧散する。

 


◆ ◆ ◆


「……助かった……」


アリアはその場に膝をつき、崩れるように座り込んだ。

エルダリオンが、ゆっくりとその横に座す。


「久しいな」


「久しくないよ!? 最初しか会ってないし、ずっと無言だったし!」


「神獣とは、必要なときにだけ現れるものだ」


「都合よすぎるでしょ……!」


だが、どこかそのやりとりが懐かしく、温かい。

一度だけのはずの“縁”が、本当に繋がっていた。

それがただの奇跡や偶然ではないことを、今、アリアは心から感じていた。


「我が主よ。……力を過信するな。だが、自分を信じよ」


「うん……ありがとう。エルダリオン」


神獣は満足そうに頷くと、金色の翼を大きく広げて舞い上がった。

次の瞬間、眩い閃光とともに天へと消えていく。

 


◆ ◆ ◆


その数分後、王都の西区に――


ものすごい勢いで馬車を乗り回す貴族の兄弟が到着した。


「アリアはどこだ!!」「けがは!? 魔性の残り香が……!」


「この天井の崩れはさっきの突入の痕か!?」「まさか、エルダリオンが本当に来たのか……!?」


駆け寄ってくるレオンとノア。

既に現場は教師たちによって封鎖されていたが、二人はそれをものともせず突入しようとする。


「待て、ここは危険です!」「もう鎮圧されました! 被害もありません!」


「“もう”鎮圧……?」「……誰が?」


その瞬間、二人の脳裏に浮かぶのは――金色のたてがみのあの存在。


「……エルダリオン……」


ノアが呟くと、レオンが拳を握りしめる。


「妹のピンチに、先に駆けつけたのがあいつだと……!?」


「完全に兄の立場、奪われてるな……」


「よし。次に来たときは、俺が先に現れる!!」


「いや、だから召喚系だってば!」


そしてレイフォード家の兄たちは、その後しばらく“神獣への対抗策”について真剣に議論し合うことになるのだった。

 


◆ ◆ ◆


夜。


レイフォード邸の一室。ベッドの上でアリアは小さく息をついた。


「……ありがとう、エルダリオン」


窓の外、星空の向こうに浮かぶ月。

その静けさの中、彼女は確かに“守られている”ことを感じていた。


「でも、次は――わたしの力で誰かを守れるようになりたいな」


前の世界でも、この世界でも味わったことのない感覚。


それが確かに、今の彼女を動かしていた。


 

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