第四十五話 新学期、妹はちょっぴりお姉さんに!? ……なのに兄たちの“静かなる包囲網”が展開中!?
夏休み特別編を第四十四話としておきます
夏が過ぎ、風に秋の気配が混じり始めた頃。
王都の初等学園では、新しい学期が始まろうとしていた。
「――というわけで、制服は……よし、完璧!」
大鏡の前でひとつ息をついたアリアは、身だしなみを整えながら、今朝の静けさに少しだけ違和感を抱いていた。
(なんか……兄様たち、今日は妙に静か……?)
いつもなら「ネクタイがずれている」とか「靴に魔除けが足りない」とか、「今日はどんな魔法バリアを重ねるか会議」とか、起床から出発まで大騒ぎなのに。
だが、今朝は――
「アリア。朝食はしっかり食べたか?」
リビングで新聞を読んでいたノアが、優しくそう尋ねてきた。
「う、うん……お腹いっぱいだよ」
「そうか。気温が下がってきたから、羽織は持って行くといい」
「えっ、あ、うん。ありがとう」
それだけ。過剰な詰問も護衛プランの説明もなし。
(……静かすぎる。これは逆に怖い)
玄関では、レオンが馬車の扉を開けて待っていた。
「……いってらっしゃい。気をつけてな」
「レオン兄様も……ありがとう。あの、今日は一緒じゃないの?」
「今日は、送らない」
「えっ!?」
「お前もそろそろ、自分の足で歩く時期だ。……俺たちは、ちゃんと見守ってる」
(え……なにその“親離れ”的なやつ!?)
アリアは混乱しながらも、妙に感慨深い顔をした兄たちを背に、馬車に乗り込んだ。
「え、ほんとに送ってこないの? まさかの自主登校?」
学園に到着し、門をくぐると、見慣れた景色が広がっていた。
初等学園の秋学期。校庭には枯れ葉が舞い、制服の袖が少しだけ長く見える季節。
「アリアちゃーん!」
駆け寄ってきたのは、友人のエマ・ハート。夏の間にも何度か会っていたが、こうして学園で再会すると、また違った喜びがあった。
「久しぶりに“普通の通学”って感じだね!」
「うん、ほんとに!」
「でも……アリアちゃん、あれ気づいてる?」
「え? なにが?」
エマが指差したのは、門柱の影。
……そこには、なぜか新聞を読んでいる紳士、掃除をしている園丁、落ち葉を数えている少年……。
「全部、アリアちゃんのお兄さんたちの部下だよね?」
「……ですよねぇぇぇ!!」
その日の授業は、二時間目に魔法理論、三時間目に錬金基礎。
アリアはノートを取りつつ、内心で静かに叫んでいた。
(なんか……兄様たち、直接は来てないのに……ずっと“見られてる感”がすごい……!!)
昼休み。
食堂に行こうとすると、廊下の端に“なぜか花瓶の裏に貼られた魔導通信水晶”がチラッと光る。
(こ、これは……魔導偵察石!? どうしてこんなとこに!?)
教室に戻れば、机の引き出しにそっと忍ばせてあったのは――
『昼食のあとに飲むと疲れにくいお茶。魔法演習の前におすすめ。by ノア』
兄直筆メモ付きのお茶パック。
(どこにでもいるな、この人たち……!!)
放課後。
部活の見学を終え、帰り支度を整えたアリアは、ふと中庭に足を向けた。
夕暮れの光が差し込む石畳の上。
ふと、木陰から聞こえてきた声があった。
「……やっぱり、今年のアリア様は落ち着いておられる」
「夏を越えて“少し大人になった感”あるよね」
「わかる。『妹様が自律を見せた瞬間』として報告書に記録しておこう」
……兄たち直属の“妹観察班”であった。
「出てきていいよ!! 隠れてても全部聞こえてるからぁぁ!!」
帰宅したアリアは、ついにソファに倒れ込んだ。
「……疲れた……なんで兄様たちがいないほうが、疲れるの?」
リビングでは、ノアが優雅に紅茶を飲んでいた。
「疲れただろう。今日は、我慢してたんだ。少し成長したお前を見守るために」
「“見守る”って、ずっと見てたじゃん!! 全方向から包囲されてたよ!? 逆にすごいよ!!」
「ふ……お前が気づいたということは、我々の警戒は完璧ではなかったということか」
「そうじゃなーーい!!」
そのとき、レオンがそっとカップを差し出した。
「まあ、紅茶でも飲め。新学期初日、おつかれさま」
「……うん、ありがとう」
アリアは、少しだけ微笑んだ。
兄たちはうるさいけど、ちゃんと見てくれている。
……でも次は、もうちょっと距離感を学んでください!!
そう心の中で強く訴えながら、アリアの“静かに始まらなかった新学期”は幕を開けたのだった。




