夏休み特別編 妹の“避暑地バカンス”!? レイフォード家別荘で兄たちの過保護全開!!
夏の訪れとともに、アリアはレイフォード家が所有する山岳の別荘へと向かった。標高の高い静かな湖畔に建てられたその邸宅は、涼やかな風と澄んだ空気に包まれ、いかにも「避暑地」と呼ぶにふさわしい風情を湛えている。
しかし、アリアの胸がときめく前に、まず目に入ったのは――
「……魔法結界、十重……って、えぇ……?」
門の前に立ったアリアが思わずつぶやいたその通り、この別荘はレイフォード家本邸にも劣らぬ、いや、ある意味ではそれ以上の厳重な防衛システムに守られていた。
「風向きに合わせて結界の屈折率を微調整……ふむ、完璧だな」
「ノア兄様!? もしかして、ここまで対策して……?」
振り返ると、術式管理用の水晶端末を片手に満足げな長兄・ノアの姿が。
「当然だ。避暑地とはいえ、アリアが滞在するとなれば、通常の三倍の防衛策が必要になる」
「いや、避暑に来たのに! なんで戦場仕様なの!?」
アリアの叫びは、風に流されて湖面に溶けていくばかりだった。
◆ ◆ ◆
湖畔に面した読書スペースに設けられた白いテラス席――。
「……はぁ。静かで涼しいのはいいんだけど……」
アリアは膝の上に本を置いて、首を傾げる。というのも、日傘の角度を調整するメイド、蚊除け魔法を展開する侍従、そして一歩後方には――
「レオン兄様!? 上空巡回中じゃなかったの!?」
「ちょうど交代の時間だったから、様子を見に来た。……喉は乾いてないか? おやつは?」「いや、なんで“航空魔導機”でおやつ配達してるの!?」
レオンは彼女の頭上でホバリングしていた飛行魔導機から、籠に入ったフルーツ盛り合わせを優雅に降下させてきた。
「このくらい当然だ。アリアの健康は、夏の直射日光よりも重大な問題だからな」
「わたし、そんなにデリケートな扱いでいいのかな……?」
アリアは心配そうに自分の腕を見つめる。別荘に来て以来、外に出るたびに日差しカット魔法+空調魔法+水分補給補助魔法の三重対策が施され、もはや自分の身体が自然環境に適応できるか不安になっていた。
◆ ◆ ◆
夜――。
湖畔では風にそよぐ葦の音が心地よく響く中、別荘ではバーベキューパーティーが開催されていた。だがそこでもアリアの自由は限られていた。
「この肉は焼き加減五段階に調整したもの。アリアは“柔らかめA”だな」
「え、なんか焼き網に魔方陣ついてるけど!? 火力操作に魔導術使ってるの!?」
「当然だ。野外調理とはいえ、精密な温度管理は必要不可欠だろう」
アリアは、愛情たっぷりに調理された“兄専用設計ディナー”を前に、呆然とするしかなかった。
「私、普通の夏の思い出がほしいだけなんですけど……」
◆ ◆ ◆
そして翌朝。
湖でボート遊びを楽しもうとしたその時、アリアは衝撃の光景を目撃する。
「兄様たち……救命ボート何隻用意してるの!?」
「十二隻。浮上用魔導装置付き、遠距離転送機能もある。アリア専用は、こっちだ」
さらに驚いたことに、湖中には透明な防護壁が張られており、魚すら近づけない徹底ぶり。
「なにこれ……水難事故どころか、波も起きない……」
「安全第一だ」
「もはや、遊びの意味が見えないよぉぉぉ!!」
◆ ◆ ◆
そして、避暑地滞在も終盤に差しかかったある日。
「……兄様たち、ひとつお願いがあるんだけど」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「……結界、一重くらいに減らして……? あと、魚と遊びたい……」
アリアのお願いに、兄たちは一瞬黙り込んだ。
「……わかった」
「全力で安全を確保したうえで、一重まで調整する」
……結局、結界は五重までしか減らなかった。
だがその日の夕暮れ、アリアは久しぶりに魚と戯れ、風に吹かれて笑った。
彼女の笑顔を見て、兄たちはその場で再び結界設計を一から見直すのであった。
──こうして、レイフォード家流の“静かなる夏”は幕を閉じた。
……いや、まだまだ騒がしい夏は続くのである。




