第四十話 アリア、久しぶりの“パパとふたり時間”!? 過保護兄たちの警戒網をくぐり抜けて――!!
静かな朝、アリアは食堂でふと、思い出したようにつぶやいた。
「……ねぇ、今日って、お父様はお屋敷にいらっしゃるの?」
「今日は王宮の執務がお休みのはずだが……どうした、アリア」
ノアが眉を上げる。
アリアはほんのり照れながら答えた。
「ちょっとだけ……お父様と、お話ししたいなって」
その瞬間、ノアとレオンの表情が硬直した。
「アリア……なにかあったのか!? 誰かに何かされたのか!? 父上に直接報告しなきゃいけないレベルのことが……っ」
「おちついてぇぇぇえええ!!!」
◆ ◆ ◆
父――アレクシス・セラフィム・レイフォードは、王都の政務にも関わる高位貴族でありながら、家庭では常に柔らかい笑みを絶やさない穏やかな人物だ。
だが、その“父”とアリアが二人きりで会話をする機会は、実はそう多くない。
理由は簡単。
――兄たちが、いつも先に来てしまうからである。
「今日はお父様とふたりっきりで話したいの!」
アリアは意を決して言った。
ノアはなぜか即座に頷き、レオンもわかりやすくショックを受けつつ了承した。
「……わかった、俺たちは出かけてくる……! アリア……その……楽しんでな……」
(何その“娘を嫁に出す父親”みたいな顔!?)
◆ ◆ ◆
書斎。
大きな窓から陽光が差し込む中、アリアはお父様と向かい合って座っていた。
「お父様……いつもお忙しいのに、ごめんなさい」
「謝る必要などないよ。アリアが“話したい”と思ってくれたことが、何より嬉しい」
アレクシスは微笑むと、紅茶をゆっくり注いでくれた。
アリアは小さく息を整え、前を見つめる。
「……わたし、今の生活、とっても楽しいです。でも、ふと思うんです」
「……ううん、なんでもないの。ただ……昔は、なにもできなかったから」
お父様は何も言わず、ただ黙って聞いてくれた。
「だから、今の……今は家族には恩返ししたくて。でも、最近は“恩返し”っていうより、ただ守られてばかりで……」
アリアの声が少しだけ震える。
「私、ちゃんとこの家族に“必要”って思ってもらえてるのかな、って……」
沈黙。
数秒ののち、アレクシスは柔らかく口を開いた。
「アリア。君がこの家に来てから、家の中に光が灯った」
「君の笑顔が、兄たちにどれほどの力を与えているか……私にさえ、癒しをくれている。……それは“恩返し”ではなく、“存在そのもの”が与えてくれるものなんだよ」
アリアの瞳に、静かに涙が浮かんだ。
「……ありがとう、パパ」
「うん。……久しぶりに“パパ”と呼ばれたな」
「えっ!? あ、い、今のは、そのっ」
「ふふ。うれしかったよ」
優しく微笑む父の瞳は、どこまでも温かかった。
◆ ◆ ◆
その後。
書斎の外で、柱の影に隠れていたノアとレオンが、鼻をすすっていたのは……また、別の話である。




