第四話 ──入学三日目、兄たちの愛が暴走して学園ざわつく!?
「……お兄ちゃん、やりすぎだと思うの」
朝、登校前。
アリアは自室で、昨日届いた手紙の束を前にため息をついていた。
ノア兄様からの「学園で気をつけるべき30のこと」。
レオン兄様からの「アリア応援日替わり詩」。
使用人から手渡されたのは、二人の兄がそれぞれ用意した“おやつ袋”二組。
(もう、どれから突っ込めばいいのやら……)
しかも──
「アリア様、お支度はお済みですか? 本日も馬車は、**ノア様ご指定の“軽装警護付特注ルート”**を通ります」
「……またルートが変わったのね」
「“昨日の露店の配置から不審な動きがあった”とのことです」
「ノア兄様……どこでそんな情報を……」
守られてるのは分かる。でも、それがあまりにも過剰で。
しかも兄たちの“気遣い”は、学園内にまで及んでいた。
王立初等学園の特別教室。
三日目の授業は、魔力感知と初等詠唱の実技。
「それでは、アリアさん。模範として、詠唱をお願いします」
「はい……」
魔法陣が淡く光る。
──ポンッ。
机の上に、綺麗な氷の花が咲く。
「おお……」「あれが“天才令嬢”……」
教室がざわつく中、教師の声が響いた。
「素晴らしい! では次は──」
ガチャッ。
突然、教室の扉が開く。
「アリア!! 水分補給した!?」
──兄、レオン(12)が登場した。
「……は?」
「魔法使ったら水分減るって昨日言ってたよね!? はい! 兄特製リンゴジュース!!」
カバンから取り出した魔法冷却ポーチから、氷入りグラスが登場した瞬間、
ざわざわしていた教室が──
「「「……えっ?」」」
──凍りついた。
「レ、レオンお兄様!? 学園は立ち入り禁止じゃっ──」
「関係者証、あるから!! 妹のサポートって書いてある!!」
「書いてあったら何でもいいと思ってるの!?!?」
アリアは思わず立ち上がり、レオンの腕を引いて廊下へ。
「もう……恥ずかしいからやめてって言ったのに……!」
「だ、だって……! 水分とらないとアリア倒れるかもって思ったら……!」
(そこまで思ってくれてるのは嬉しいけど……!)
そのとき──廊下の奥で、何かが「ピピッ」と光った。
「……誰か、写真撮った?」
後日、学園内の“学級報”にて──
『伝説の兄、初等学園へ降臨!?
天才令嬢を守る兄の愛に、ざわつく昼休み』
〜特別付録:リンゴジュースレシピ付き〜
……などという謎記事が出回ることになるのだが、
それはもう少し先の話。
その日の夕方。
「ただいま戻りました……」
帰宅早々、アリアはソファに倒れ込んだ。
メイドが微笑みながらタオルとお茶を差し出してくれる。
「おつかれさまでした。……本日は、レオン様が暴走なさったそうで?」
「……ええ。水分補給の名目で、グラス持って乱入しました……」
「まぁ……それはまた……」
「しかも裏で手引きしてたの、ノア兄様なんですって」
「え?」
アリアは手紙を取り出した。そこには、ノアの筆跡でこう書かれていた。
『本日、教室の室温と空気循環に不安あり。レオンを現地確認に差し向けた。
君の安全が最優先だ』
──真顔で何やってるの、兄さまたち。
でも、困ったように笑いながらも。
アリアの胸の奥は、ぽかぽかとあたたかかった。
夜。兄たちの部屋。
「反省してる……? 今日のこと……?」
「……ちょっとだけ」
「でもさ、アリア、笑ってくれたよね」
「怒っても、“ありがとう”って最後に言ってくれた」
ふたりは並んで座りながら、静かにうなずき合った。
──“やりすぎ”なのは自覚している。
けれど、彼らは知っている。
アリアは笑顔の裏で、無理をしてしまう子だと。
だからこそ──
「明日はさ、手紙だけにしよっか」
「……でも中に、乾燥対策の湿度調整紙、入れてもいいよね?」
「うん。それは当然!」
──こうして、兄たちの過保護作戦は形を変えて続いていくのであった。