第三十八話 妹の“音楽授業”がなぜかコンサートに!? アリアのピアノが貴族界に波紋を呼ぶ!?
初等学園では、今日から“芸術週間”が始まった。
魔法学とは別に、音楽や美術、舞踏など、感性を育てる時間が設けられ、その集大成として、最終日には“親族観覧可の発表会”が催される。
「皆さん、今週の音楽授業では、好きな楽器を選んで練習してもらいます。発表会ではその成果をお見せしていただきますね」
リリアナ先生の説明に、クラスの子たちが色めき立った。
「わたしはハープがいいわ! だって優雅ですもの!」
「ぼ、ぼくはトライアングルで……! 音、きれいだし!」
そして――アリアは、ぽつりと呟いた。
「……ピアノ、がいいです」
◆ ◆ ◆
ピアノ。
それはこの国では珍しい“魔力音響楽器”で、上級貴族の一部が趣味として嗜む程度の、非常に高価な品だった。
「リュミエール家の別邸に、ピアノがあるのよね……」
放課後、アリアは先生に申し出て、特別にピアノの練習室を借りる許可を得た。
そして、誰もいない室内。
アリアは鍵盤の前に座り、静かに深呼吸をして、指をそっと添える。
(……懐かしい。前世の記憶だけど、ピアノを弾いていると落ち着くんだ)
そして――アリアが奏で始めた瞬間。
柔らかな旋律が、石造りの部屋を満たした。
まるで光が差し込んだように、空気が一変する。
通りがかりの教師が、廊下で足を止めた。
「……なんだ、この音は……?」
魔力の波動に乗って広がったメロディが、校舎のあちこちに響いていた。
◆ ◆ ◆
その噂は、三日後には学園内の“上級貴族の耳”にも届いていた。
「ピアノを弾く少女がいる、と聞きましたわ。演奏を聴いて涙を流した先生もいたとか……」
「まさか、リュミエール家のご令嬢……? あの過保護兄弟の……?」
そして、発表会当日。
舞台の上で、アリアがピアノの前に座ると、会場は一気に静まり返った。
(……緊張、する。でも……大丈夫)
アリアは鍵盤に手を置き、そっと目を閉じた。
一音目が響いた瞬間――会場の空気が、まるで“浄化”されたかのように変化した。
まるで水面に広がる波紋のように、優しい旋律が客席を包む。
感情を込めて奏でられる旋律。
それは技巧ではなく、心から生まれた“記憶の音”。
観覧していたリリアナ先生の頬に、一筋の涙が伝う。
上級貴族の母娘が、目元をハンカチで押さえる。
そして――演奏が終わったとき、会場にはしばしの沈黙が訪れた。
「……っ、すばらしい……!」
割れるような拍手が起こった。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
屋敷に戻ったアリアは、ぐったりとソファに倒れていた。
「うぅ……もう緊張した……でも、なんとか終わった……」
そこへ兄たちが勢いよく部屋に飛び込んできた。
「アリア!! 今日の演奏、すごかったぞ!!」
「噂がすでに王城まで届いたらしいぞ!? “令嬢ピアニスト”として演奏会の打診がくるかもしれない!!」
「やだぁああああ! もう外では弾かないいいぃぃぃっ!!」
アリアはクッションに顔をうずめた。
「ピアノは……好きだけど……注目されるのは……いや……」
ノアが少しだけ表情を緩めて言った。
「安心しろ。無理に引き受ける必要はない。お前の“好き”を、守るのが俺たちの役目だ」
レオンがにっこり笑って、クッキーを差し出す。
「ご褒美クッキーだよ~。今日の演奏、俺、泣いたよ……」
アリアは小さく微笑みながら、受け取ったクッキーを口に運んだ。
「ありがとう……でも、ほんとに泣いたの……?」
「三回くらい泣いた!」
「……過保護すぎるよ、もう……」
そう言いつつも、アリアの表情はどこか幸せそうだった。




