第三話 ──番外編:
「アリアが学園に行ってしまう!? 兄たちの“過保護すぎる作戦会議”」
「……で、本当に行くのか?」
ノアは机に肘をつき、渋い顔をしていた。
「うん。アリア、すごく楽しみにしてる。『お勉強もしたいし、お友達もつくりたい』って!」
レオンは明るくそう言いながらも、どこか寂しげだった。
それもそのはず──
我らが妹、アリア・リュミエール・レイフォードは、
来月から王都の王立初等学園に通うことが決まっている。
ただし、年齢はまだ七歳。
本来の入学資格である九歳を大きく下回っているため、
“飛び級の特別聴講生”として、少人数制の特別クラスに入るのだ。
──という建前だが、実際には。
「妹離れができない兄ども、ってだけの話だな……」
ノアがぽつりと呟くと、レオンが「えっ」と顔をしかめた。
「……できるけど!? ちゃんと……ちょっとだけ、寂しいだけで……!」
「毎朝“アリアおはようの舞”踊ってるやつが何を言う」
「それはっ、健康祈願だよ!? アリアが風邪ひかないように……っ!」
「……はぁ……」
ノアはため息をつく。だが、その手元にはアリアの時間割を写した手帳と、学園の周辺地図。
つまり──
「やっぱり、定期的に様子を見に行くしかないな」
「わたしも行くっ!!」
「おまえは着ぐるみか何かを着て、学園に潜入するつもりか」
「うぅ……やっぱダメかなぁ……」
レオンはしょんぼりしながらも、真剣な顔で言った。
「……だってさ、アリアってさ……あんなに優しくて、努力家で、ちょっと天然で、かわいくて、笑うとキラキラしてて、でも泣くと世界が終わったみたいに悲しくて──」
「──要約すると“心配”なんだな?」
「うん!!」
ノアは無言で頷くと、すっと立ち上がる。
「じゃあ決まりだ。アリアが入学する前に、“準備”をしておこう」
「準備って……?」
「学園の教員リスト、周辺商人の評判、生徒の家柄と素行──」
「うわあ、お兄ちゃん本気だ!?」
ノアの背中から、淡い魔力が漂う。
それは完全に“情報戦”に備える戦士の構えだった。
「……妹の初登校だ。抜かりがあってはならない」
翌日、アリアの部屋では──
「ノアお兄ちゃん、なんか最近ずっと難しい顔してる……わたし、何か悪いことしたかな……?」
「してないしてない! むしろアリアはえらすぎるっ!」
レオンはぎゅっとアリアの手を取り、真剣な表情で続けた。
「でもさ、ほんとに大丈夫? 知らない子ばっかりの学園なんて、不安じゃない?」
「うーん……ちょっとだけ、不安……」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの中の“スイッチ”が入った。
「じゃあっ! お守り作ろうっ!」
「おまもり?」
「うんっ! これ、レオンの魔力入りのストーン! そしてノア兄ちゃんは──」
「──護衛を一人つける許可を取った。学園の外で待機させる予定だ」
「護衛って……それ、他の子たちは──」
「いないだろうな。だが、うちはうちだ。アリアには万全を期す」
(ふたりとも……ちょっと、過保護すぎるかも……)
けれど、心のどこかでくすぐったくて、嬉しかった。
アリアはお守りのペンダントをぎゅっと握りしめ、そっと言った。
「……ありがとう。お兄ちゃんたち、だいすき」
その一言で、兄たちは完全にノックアウトされた。
「アリアあああああ!! 明日から毎日弁当作るうううう!!」
「……学園の給食がある。レオン、落ち着け」
「じゃあデザートだけでも!!」
ノアは静かに手帳を開きながら言った。
「……アリアのクラスに、男子が少ないといいんだがな……」
その目は、未来の“妹の周囲”を警戒する狩人の眼だった。
──こうしてアリアの初等学園入学前夜、
レイフォード家の兄たち(レオン17歳/ノア19歳)は、あらゆる対策と過保護を仕込みまくるのであった。