第二話 ──天才令嬢、学園で浮く
「アリア・リュミエール・レイフォード様。貴女の初等学園編入が、正式に認められました」
侍従からの報告に、私は「ほっ」と胸をなで下ろした。
通常、初等学園は九歳から。だが、私はまだ七歳。正式な入学ではなく“飛び級特別聴講生”という形での参加だった。
もちろん、本来ならば貴族子女であっても“飛び級”などという制度は存在しない。
だが、私の家──レイフォード伯爵家が王国でも有数の名門であること、
そして私が「すでに初等魔法と初等教養を修めている」という話が広まりすぎて、
いつの間にか王立学園側から「ぜひ」という申し出が来てしまったのだった。
(目立ちたくなかったのに……)
家族に恩返しがしたいだけで、私は「すごい」と言われたいわけではない。
……でも、これもまた家族のため。そう、自分に言い聞かせる。
初等学園初日──私は、ちょっとした“物珍しさ”とともに迎え入れられた。
「七歳で初等学園に!?」「あれが“レイフォード家の天才令嬢”……」
入学初日、私はちょっとした有名人だった。
目立ちたくないのに……でも、家族が喜んでくれたから、やっぱり嬉しかった。
廊下を歩くだけで、ひそひそと声が聞こえてくる。
私は気にしていないふりをして、淡々と教室へと向かった。
(こういうの、前世でもあったなぁ……)
高校時代、奨学金で進学していた私に、周囲は「頑張ってる子」「真面目すぎる」といった目を向けてきた。
それが悪いわけじゃないけれど、どこか孤独だった。
──今回も、そうなるかもしれない。
そんな覚悟をして教室の扉を開けたとき。
「──アリアちゃーんっ!」
ぴょんっと、ひとりの女の子が跳ねるように駆け寄ってきた。
「わたし、エマ・ハート。アリアちゃんと同じクラスになれてうれしい!」
ふわふわの茶髪に、くるくるとよく動く目。
笑顔いっぱいの彼女に、私は少し面喰った。
「……えと、よろしく、エマさん」
「エマでいいよーっ! わたしのこと“ちゃん”付けしてくれると嬉しいなっ!」
えっ。
予想外のぐいぐい具合に、私は少しだけ肩の力が抜けた。
──どうやら、全員が私を「遠巻きに見る」わけではなさそうだ。
授業が始まると、教員の目がキラキラしだした。
「素晴らしいです、アリア様。発音も魔法陣の構成も完璧!」
「いえ、ただ復習してきただけです……」
「数学も……!? これは王都のギルドでも即通用するレベルでは……」
や、やっぱり反応が過剰すぎる。
しかもそのたびにクラスメイトたちの視線がぐさぐさ刺さる。
なにこれ、公開処刑なの?
「アリアちゃん、ほんとに頭いいんだねぇ。すごーい!」
エマだけが、変わらずに接してくれた。
その日の昼休み、私はこっそり屋上の片隅に移動していた。
一人で食べるのは慣れている。いや、前世はずっとそうだった。
だけど──
「ここにいたっ!」
元気な声がして、振り返るとエマが息を切らしながらやってきた。
「探したんだよーっ、もう。なんで隠れるの?」
「……あの、迷惑じゃないかなって。こんな風に“浮いてる子”と仲良くしたら……」
「ううん、そんなの気にしないよ。アリアちゃん、わたしに魔法教えてくれる?」
「……え?」
「すごく憧れちゃったの。だから、一緒に練習してくれたら嬉しいなぁ!」
この子は──本当にすごい。
私が気にしていた“孤独”も“嫉妬”も、全部吹き飛ばしてくれるような存在だった。
「うん、いいよ。わたしでよければ、何でも教えるね」
「やったーっ! やっぱりアリアちゃん大好き!」
……あれ?
なんか……また甘やかされてる?
その日の帰宅後。
「アリア、どうだった? 学園、楽しかった?」
母が優しく声をかけてくれる。
私は少し考えてから、素直に答えた。
「……ちょっとだけ、楽しかった。お友達が、できたかもしれないの」
「まあ! それはよかったわねっ!」
母が泣きそうな顔でぎゅうっと抱きしめてきた。
後ろからは、兄たちがどたばたとやってくる。
「アリア、誰かにいじめられてないか!? どこの子だ、名前は!? 俺が……!」
「お前は少し落ち着け、レオン。アリア、何か困ったことがあれば、すぐに言え。いいな?」
(……うん、家族の甘やかしレベル、また上がってる気がする)
私はくすくすと笑いながら、小さく頷いた。
──大丈夫。
この世界なら、私はもう一人じゃない。