第百六十七話 ミーナ、まさかの“兄ィズ側”に寝返る!?(前編)
アルヴエリア王立士官学園――。
その片隅にある、いつもは使われていない資材倉庫。
今日だけは、ひどく怪しい空気に包まれていた。
「では――作戦会議を始める!!」
ドンッ、と机代わりの木箱を叩き、ノアが吠える。
その横でレオンが額を押さえた。
「兄貴、声がデカいって……。ここメイド隊の見回りルートなんだよ?」
「だからこそだ!」
ノアは胸を張る。
「敵地のど真ん中で作戦を立ててこそ、帰国の道は拓ける!」
「いや、普通にバレるだけだって……」
兄弟の会話は、いつもながら噛み合わない。
――そう、彼らは今、必死に帰国の策を練っていた。
理由は単純。
大会が終わっても、ふたりは「整備班追加任務」と称して学園に残されているからだ。
(アリアはもうルヴァリアに帰ってるのに……!
どうしてオレたちはまだここに……!!)
ノアは両手で顔を覆い、無駄にドラマチックに嘆く。
「アリアの凱旋パーティー……参加したかった……っ!」
「僕だって!!」
そんな兄弟の背後――。
棚の影では、ひそかにメイド隊四人が身を潜めていた。
カティア(メイド長代理)、アシュリー、リリア、アネット。
そして――後から来たミーナは、小声でメモを取りながら合流。
(……また逃亡計画ですか……)
倉庫の隅に身を潜め、息をひそめているメイド隊。
アシュリーは小声でつぶやいた。
「ねえカティアさん、今日こそ止められますよね?」
「止めるわよ。今日こそ絶対に」
カティアは低い声で言い切った。
その背中には、メイド長代理としての威圧感が漂っている。
――が。
その瞬間、ミーナがひょこっと前に出た。
手には、なぜか「帰国までの最短ルート(仮)」と書かれたメモ。
カティアが眉をひそめる。
「ミーナさん? あなた、何を持っているの?」
「……あの……その……」
ミーナは小さくたじろぎ、しかし意を決したように歩み出た。
そして、ノアとレオンの前に立ち――深く頭を下げた。
「……わたし……帰国したいので……
ノア様とレオン様側に……協力します……」
「「え?」」
ノアとレオンが固まる。
棚の影のメイド隊は――もっと固まる。
カティア(低音)
「……ミーナさん?」
アシュリー「えっ、えっ!? 聞き間違い!?」
リリア「ちょ、ちょっと待って、寝返り……?」
アネット「ちょっと!? 戦力が……減るんじゃなくて敵側に追加されてるんだけど!?」
メイド隊全員が、ミーナを見る目で完全に動揺した。
ミーナはこくりとうなずく。
「……わたし……早く……アリア様にお仕えしたいですし……
ここにいても……ずっとノア様たち捕まえて……振り回されて……
帰国できませんし……」
「そっちの理由もあるの!?」
アネットがツッコむ。
ミーナは、淡々と追い打ちをかけた。
「……ノア様とレオン様に協力した方が……
最終的な帰国率が……高いと判断しました……」
その言葉に、メイド隊は見事に崩れ落ちた。
カティア
「ロジックで裏切らないで!」
アシュリー
「ミーナさーん!! 戻ってきてー!!」
リリア
「今日の夕食の片付け……どうしましょう……(目が泳ぐ)」
アネット
「いや、そこ!? いや、そこもだけど!!」
ノアとレオンは――というと、
「ミーナァァァァァァ!!!」
「よくぞ来てくれたミーナぁぁぁ!!」
まるで戦場で仲間が増えたみたいに抱きしめようとして、ミーナに避けられた。
「……あの……抱きしめなくても……」
「すまん!! 嬉しすぎて!!」
兄弟はもうテンションの暴走が止まらない。
「ミーナが加わったってことは、作戦は成功したも同然だ!!」
「帰国だ! 帰国決定だよ兄貴!!」
メイド隊は頭を抱える。
カティア
「……これは最悪の状況ね」
リリア
「ミーナさんが抜けた分、突破される確率が……上がる……」
アネット
「ていうかミーナさん、兄ィズの動き全部メモして把握してるじゃない?
完全に敵にまわると厄介すぎる……」
アシュリー
「ちょっと本気で作戦立て直さないと……」
倉庫の空気が一気に騒然となる。
――こうして、「ミーナ寝返り事件」は、
メイド隊と兄ィズの間に、かつてない緊急事態を巻き起こした。




