第百六十四話 春風、ルヴァリアにて――届く兄ィズからの怪文書!?
――届く兄ィズからの怪文書!?**
ルヴァリア王国にも、ようやく春の風が心地よくなってきた頃。
アリアはレイフォード伯爵邸の私室で、窓から差し込む陽光を受けながら、
積み上がった“帰国祝いのお手紙”に囲まれていた。
「……皆さま、本当にご丁寧に……。まあ、読みきれるのでしょうか、これ……」
綺麗な封蝋が押された手紙が山、山、山。
だが、その中でひとつだけ――
やけに雑な封蝋、やけに豪快な字。
アリアはすでに察していた。
(……あら、これは……嫌な予感しかしませんわね……)
メイベルがそっと囁く。
「お嬢様、たぶん、それは……いつものお二方からでございます」
「……でしょうね」
アリアは静かに、しかし覚悟を決めた戦士のような面持ちで封を切った。
そして読んだ。
――《極秘報告書》――
“妹防衛同盟、再始動す”
署名:ノア・レイフォード
追記:レオンも横でうんうん言ってる
「……はあぁぁぁぁぁぁぁ……」
手紙を置いた瞬間、アリアの肩がふるふる震えた。
「メイベル……いったい何を再始動したのか、わたくしには理解が追いつきませんわ……」
「お嬢様、理解しなくてよろしいかと。むしろ、理解したら負けでございます」
「負け、なのですね……?」
「はい、確実に精神が乱れます」
そこへクラリスがお茶を運んできた。
「お嬢様、お茶をどうぞ。……あら? もう“例の手紙”をお読みになったのですね」
「“例の”って、もう常識扱いになっているのですか……?」
「はい。お二人が遠方から送ってくる書状の半分は“怪文書”でございますゆえ」
「怪文書扱い……!?」
お茶を吹きそうになった。
◆そして、アリアは手紙の続きを読んでしまう
『妹よ、聞いてほしい。
我々は学園整備班の合間を縫い、君のために“ある計画”を進めている。
名付けて……
《ルヴァリア帰還大作戦・第一章》!!!
(レオン:これ名前ダサくない?)
(ノア:黙れレオン!)
詳細はまだ言えないが、妹の平穏のために必要なのだ。
メイド隊五名は我々を監視しているが、隙を見て必ず突破する。
……待っていろ、アリア。
兄たちは必ず帰る!!
(レオン:いや“脱走”って書いてるぞこれ)
(ノア:走り書きだから気にするな!)』**
「……」
「……」
「……お嬢様? なぜ無言でお手紙を閉じていらっしゃるのです?」
「……語る価値もありませんわ」
アリアは遠い目をした。
「メイベル、クラリス……。
あの二人……まさか“脱走”などという愚行をなさるつもりではありませんわよね?」
「お嬢様。
あのお二人でございますよ?」
「………………」
アリアは天を仰いだ。
「……兄さまたちを止める魔法陣はありませんの……?」
「残念ながら、物理的な拘束はメイド隊の担当でございます」
「でも、そのメイド隊は向こうの国で“監視続行”中なんですよね?」
「はい。向こうで今日も頑張っておられます」
(向こうの国の学園……ごめんなさい……本当にごめんなさい……)
アリアは心の中でそっと謝罪した。
◆そのころ遠い異国では――
ノア「くっ……またカティアに捕まった……!!」
レオン「アシュリーの縄、固いんだって……!」
カティア「お二人とも“妹のための帰国計画”なるものを破棄してくださいまし。
さもなくば、夕食後の“反省会(長時間)”を追加いたします」
ノア&レオン「「ぎゃーーーー!!!」」
ミーナ(メモ帳を開きながら)
「本日の兄ィズ:脱走計画、失敗。理由:知能の低さ。――っと」
アネット&リリア
「「書かなくていいから!!」」
◆そしてルヴァリアでは……
アリアはようやくお茶を飲み終え、
春の庭を眺めながら、小さく微笑んだ。
「……ほんとうに、どうしてこう……。
わたくしの周りは、いつも騒がしくなるのでしょうね……」
しかしその声音は、どこか嬉しそうでもあった。
「まあ……。
お手紙で済んでいるうちは、平和ですわよね」
「お嬢様、その油断は危険かと。
――次の便、届いております」
「はい??」
クラリスが差し出した束。
またノアとレオンの封筒だらけだった。
「………………春、って……忙しい季節ですわね……」
アリアはそっと目を閉じた。




