第百六十二話 アルヴィン殿下の策略!?――お茶会という名の尋問
アリアが帰国して数日後。
ルヴァリア王都は春の陽気に包まれ、街路樹の若葉が風にそよいでいた。
そんな穏やかな午後――
「……どうして、こうなるのかしら」
アリア・リュミエール・レイフォードは、ため息をついていた。
目の前の銀食器の並ぶテーブル。窓から差し込む陽光。
そして――真正面で優雅に紅茶を注ぐ、腹黒笑顔の王太子アルヴィン殿下。
「どうしてって……お茶会に招いたのは、純粋な友情の証だよ?」
「“殿下主催のお茶会”という名の尋問会ではありませんの?」
「まぁ、聞きたいことが少し“だけ”あるのは確かだけどね」
――出た。
この柔らかい声音、穏やかな微笑。
だが内側では、質問の矢を百本ほど用意しているに違いない。
(この方の“少しだけ”ほど信用ならない言葉はありませんわ……)
同席しているのはメイベルとクラリス。
それぞれアリアの背後に控えているが、既に警戒態勢である。
特にクラリスは、ティーカップを持つ殿下の手元を“護衛対象を見張る目”で凝視していた。
「殿下。お手元の角砂糖は無害でございますね?」
「え、えぇ……甘いだけのはずなんだけど……?」
「“はず”というのが既に不穏ですわね」
メイベルが即座に乗る。
「アリア様に変な質問をなさるようなら、私どもが代わりにお答えいたします」
「……ええと、それはそれで、僕が尋問されている気がするんだけど」
殿下が苦笑した瞬間、メイド二人はピタリと動きを止めた。
その笑みの奥に――ほんのわずか、光る何かを感じ取ったからだ。
アルヴィン殿下は、にっこりと微笑んだまま紅茶を傾けた。
「君が優勝した“魔法演算・戦略思考部門”の記録、拝見したよ。見事だったね」
「恐縮ですわ。努力の成果が出たというだけで……」
「努力、ね。だけど、あの試合運び……まるで誰かを“守るような”手順だった」
「……え?」
「攻撃ではなく、全体を見て、最小の被害で最大の成果を出す。
君らしいが――“誰か”の影響じゃないか?」
アリアは思わず息を呑む。
(まさか、そこまで見抜かれて……!?)
「ま、まさか殿下……」
「うん、ノア殿とレオン殿のこと、だよ」
ズバァァァン!!!
アリアの心に雷が落ちた。
「な、なんで兄さまたちの名前が出てくるんですの!?」
「情報収集は王太子の嗜みさ。君が優勝したのも、兄たちが“毎夜整備室で祈っていた”おかげとか」
「……何やってるのあの人たちぃぃぃ!!」
メイベルが眉をひそめ、クラリスは淡々と補足する。
「確かにアルヴエリア学園の報告書に“深夜の整備班、天に向かい妹の名を叫ぶ”と記されておりました」
「報告書って誰が書いたの!? それ、公式資料に残すべきことじゃないでしょう!?」
アルヴィン殿下は紅茶をくるくると回しながら、上機嫌に言った。
「彼ら、本当に仲が良いね。君が帰国すると聞いて、夜通し“歓迎用の浮遊花壇”を設計してた」
「……浮遊花壇? って、空を飛ぶお花畑のことですか?」
「そう。兄たち曰く“アリアの笑顔を空にも浮かべたい”とか」
「何それ!! もう! 恥ずかしいですわ!!」
頬を真っ赤にするアリアに、殿下は目を細めた。
「うん。やっぱり君が照れる顔、好きだな」
「……!!? す、好きって……!!?」
場の空気が一瞬で凍る。
メイベルとクラリスの背後に“冷気”が走った。
二人の笑顔は保たれたまま、声のトーンだけが下がる。
「殿下。今のはどういう意味でございます?」
「お戯れの範疇であれば、笑って済みますが」
「超えた場合は――“殿下でも”容赦はいたしませんわ」
アルヴィン殿下、珍しくたじろぐ。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は本当にただ――」
「ただ?」
「……純粋に、アリアが楽しそうにしていて嬉しい、って意味で……」
「“純粋”という単語の信頼度がゼロなのですけれども」
「ごもっともですわ、メイベル」
「いや、そこまで信用ない!? 僕そんなに悪人顔してる!?」
お茶会は、その後もしばらく“尋問タイム”と化した。
殿下は次々と繰り出されるメイド隊の質問にタジタジになり、
最終的に「……もう君たち、うちの宮廷で働かない?」とスカウトを始める始末である。
「殿下、それはスパイ行為ですわ」
「うん、バレたか」
「即答!?!?」
アリアは思わず吹き出した。
「……もう、本当に、殿下って……」
「腹黒でしょ?」
「……自覚ありましたのね……」
紅茶の香りが漂う中、笑い声が弾けた。
――尋問でも、腹の探り合いでも。
結局この人は、人を楽しませるのが上手なのだ。
そしてその夜。
遠くアルヴエリアの整備室では、ノアとレオンがくしゃみをした。
「ノア、今、誰かアリアの名前を使って悪だくみしてません?」
「……確実にアルヴィン殿下だな」
「報復計画、発動します?」
「当然だ――“妹防衛同盟”、再起動だ!!」
整備班の夜は、また明けない。




