第百六十一話 おかえりなさい、アリア様――ルヴァリアの春
春――ルヴァリア王国。
澄んだ空に白い雲が流れ、王都の街路には花びらが舞う。
そして今日、王立アルヴエリア学園での大会を終えたアリア・リュミエール・レイフォードが、ついに凱旋するのだった。
レイフォード伯爵家の正門前。
金と白のリボンで飾られたアーチの下、父アレクシス伯爵が胸を張って立っていた。
「よく帰った、我が愛しの娘よ! 今日という日をどれほど待ちわびたか!」
その背後では――なぜか家令たちが号泣し、庭師がクラッカーを鳴らしている。
さらに、メイド長リタを中心にしたメイド隊が、まるで王宮の晩餐会でも始まるかのような完璧な動線で紅絨毯を広げていた。
「……お父さま。これは一体……」
「凱旋式だとも! アリア、おまえは我が家の誇りだ! ルヴァリアが誇る希望だ!」
「は、はぁ……(やっぱりやりすぎだわ)」
背後でため息をつくのは、同行してきた二人の侍女――
メイベルとクラリス。
どちらもレイフォード家が誇るベテラン侍女であり、“暴走する家族を止める班”の筆頭でもある。
「お嬢様、落ち着いて。深呼吸を」
「お父上のテンションが上限突破しておられますわね……」
「……もう慣れました」
アリアは小声で返した。
その時、伯爵邸の奥から現れたのは――
淡い銀髪に澄んだ蒼の瞳を持つ少年。
柔らかな笑みを浮かべながらも、どこか人の心を手のひらで転がすような気配をまとう。
「おかえり、アリア。君の凱旋を祝うために、王宮を抜け出してきたんだ」
――王太子、アルヴィン・ルヴァリア殿下である。
「で、殿下!? 王宮を抜け出した、とは……」
「公務の“延長”さ。ね? ルヴァリア王国の未来の賢女を迎えるのに、理由はいらないだろう?」
殿下はやわらかく笑った。だが、その瞳の奥で何かがきらりと光る。
(……この方、やっぱり少し怖い)
アリアは背筋を伸ばした。
「君がいない間、王宮は静かすぎた。だから……せめて今日ぐらいは賑やかにしたいと思ってね」
「それで、うちの父まで巻き込まれたんですのね……」
「彼は快諾してくれたよ。“娘の晴れ舞台に協賛を”と」
――つまり殿下の提案に、父が全力で乗ったというわけだ。
結果、この過剰な歓迎パーティーが爆誕したのである。
そこへ母レイナが登場し、微笑みながら扇子を閉じる。
「アレクシス。あなた、王宮の薔薇園の飾りまで持ってきたのではなくて?」
「む、むむ。娘のためだ、王族仕様でも構わんだろう!」
「……構います」
メイベルとクラリスの声が重なった。
その様子を見て、アルヴィン殿下は愉快そうに肩をすくめた。
「はは、さすがはアリアのご家族。見ていて飽きないな」
アリアは眉を寄せた。
「殿下。まさか……面白がっておられます?」
「まさか。私はただ、“君が慌てる顔”を見るのが好きなだけさ」
「………………やっぱり腹黒ですわ、この方」
小声のぼやきは、しっかりと殿下の耳に届いていたらしい。
「“殿下”と呼ばれるより、“アルヴィン”の方が嬉しいな、アリア」
「……そ、そんなこと言われましてもっ」
にこやかに迫る殿下の横で、父が「うむうむ、若いって良いな!」と感動している。
母は遠い目で「あなたも昔はあんなふうに……」と呟いた。
――聞かなかったことにした。
こうしてアリアの凱旋パーティーは、いつも通りのレイフォード家らしく――
盛大に、そして騒がしく幕を開けた。
遠くアルヴエリアでは、ノアとレオンが整備班の部屋でくしゃみをしたという。
「……おい、ノア。今、誰かアリアの話してたな?」
「間違いなく父上か王太子だ……! 帰国したら“監視再開”だ、レオン!」
「了解! 妹を守る兄の誓いに、整備班の名にかけてぇぇ!!」
その叫びは学園中に響き渡ったとか――。
そして、ルヴァリアの夜は明るく更けていった。




