第百六十話 アルヴエリア滞在記――兄ィズ、学園でまた暴走!?
《各国対抗・魔法競技大会》の幕が下りて、三日後。
ルヴァリア代表として見事な成果を収めたアリアは、
帰国の準備を整えていた。
今日が、その出立の日。
――しかし、問題は兄たちである。
「なぁレオン……妹が帰るって、つまり……」
「俺たちはここに残されるってことだな」
「……妹がいない学園生活とか、生きていけると思うか?」
「思わないな」
二人の顔には、深刻さと不満と寂しさが混ざっていた。
だが周囲から見れば、それは単に「大型犬が拗ねてる」状態にしか見えない。
「ノア様、レオン様……アリア様のご帰国は決定事項です。
ルヴァリア王国ではお二人の報告書も届くのをお待ちですから」
淡々とカティアが言うが、効果はゼロだ。
「そんな紙切れより! 俺たちは“妹の笑顔”を届けたいんだ!」
「そうだ! せめて護衛として同行させろ!」
「兄さまたち……」
アリアは荷造りを中断し、両手を組んでにっこり微笑んだ。
――その笑顔が一番危険なのを、兄ィズはまだ学習していない。
「まだまだ、帰国できませんよ。お母様の許しが出ていないのですから……」
「「そ、そんなぁぁぁぁ!!!」」
広間に悲鳴が木霊した。
◇ ◇ ◇
「……で、あの二人は今、整備班の倉庫にこもってるそうです」
報告するリリアの声には若干の呆れがにじんでいた。
「何をしているの?」
「“妹の帰還用特製馬車”を造るんだそうで……」
「……もう帰るのに?」
アリアは小さくため息をつく。
ミーナが頭を抱えながら説明を補足した。
「お嬢様の旅が“快適で安全で優雅で完璧”になるよう、だそうです!」
「うわぁ……つまり、暴走中ですね」
「はい、過去最大級です!」
◇ ◇ ◇
そのころ、整備班の倉庫では――。
「レオン! ここに最新型魔導安定炉をつけるぞ!」
「ノア兄! 車輪部分は衝撃吸収魔法陣で強化した!」
「よし! これで妹が段差に乗り上げても髪の毛一本乱れん!」
「兄上、それもう馬車じゃなくて“移動宮殿”です!」
「完璧だ!」
がしゃん! ぼふぅん! ――爆発音。
「ノア様! 倉庫が煙まみれです!!!」
「だいじょぶだ! 少々焦げたが、妹への愛は燃え続けてる!!」
「愛じゃなくて魔導炉が燃えてるんです!!」
ミーナが消火魔法を放ち、倉庫の中は泡だらけ。
それでも兄ィズは懲りずに設計図を描き直していた。
「……お兄さまたち、本当に仲良しね」
アリアが苦笑すると、アネットがうなずく。
「“妹関連のときだけ”結束力が異常なんですよ」
◇ ◇ ◇
やがて、出立の時刻。
王立学園の正門前には、消化泡のついたノアとレオン、
そして、いまや整備班!?メイドたちがずらりと並んでいた。
「アリア、これを!」
ノアが差し出したのは――奇妙な金属箱。
「これは?」
「“寂しさ感知型・兄通信機”だ!」
「……?」
「お前が少しでも寂しい気持ちになると、我々に通知が届く!」
「送信したらすぐに飛んでくるから安心して!」
アリアは無言でミーナを見た。
「ミーナ、あれ壊しておいてね」
「はいっ! 責任もって粉々にします!」
「アリアぁぁぁぁぁっ!!!」
「妹よぉぉぉぉぉぉ!!!」
出立馬車が動き出すと、兄ィズは全力で追いかけ始めた。
涙を流しながら走る二人と、手を振る妹。
「――ほんとに、仕方のない兄さまたちですわね」
けれどアリアの声には、優しい笑みがこぼれていた。
遠ざかる学園の門の向こう、
ノアとレオンは立ち尽くし、そっと拳を掲げる。
「次は、妹の帰還用飛空艇を作るぞ!」
「おおっ! “妹専用・ルヴァリア号”だな!」
「ミーナ、設計図持ってこい!」
「えぇぇぇ!? またですかぁ!?」
今日もアルヴエリアは、平和でにぎやかで――とても幸せだった。
――ルヴァリアへ帰る馬車の中、アリアはそっと笑っていた。
「ふふ……きっと次に会うときも、にぎやかですわね」
窓の外の空は、春のように明るかった。




